殺人鬼編 34話 賊害に於ける呵責2
題先輩──特異能力者がこの世に現れ、それが認識されてからまだ100年も歴史は無い。だが彼は特異能力者として未来永劫『最強』である言われている。
その理由に己が願いと特異性を『その能力』に出来る人間は彼以外現れる事は無いことが挙げられているからだ。
だが、彼が『最強』と呼ばれる由縁の能力、その正体は正確については分からない。それは複数の事象が現実として起こっており、その最たる例は『時間の停止』、『物体や生物の加速と減速』、『未来予知』が挙げられる。
そのどれもが、一つ起きるだけで戦況を崩すもので、はっきり言ってなんでこんな人が樹教の教祖である漆我紅に負けて死んでしまったのか分からなかった。
そんな先輩の死体が今僕の手元にあるのは、今回の共同任務が決定した時点で僕が成願大将づてで沙羅様に頼んだからだ。
既に一度沙羅様は死喰いの樹から先輩を解放している為、二度めの解放には自死欲からかなり影響を受ける。それについて、制約もしくはこちらに居られる制限時間があったはずだが題先輩は自身の身体の時を停止する事で婢僕化を抑えていたのと、僕の能力でその制限時間を多少伸ばせた事が今回の題先輩の死体を使う事が出来た理由である。
この事について、題先輩はどこまでも抜け目のない人だと感じたが、自身の死体の時間を停止させていた本来の目的については僕には確かめようもなかった。
それは、僕の能力──『死体操作』には発動の為に三つの条件があるからだ。
一つ目は操作する対象の意識を奪う事。その為、本人の意志で特異能力を使っている訳ではないので熟知していない他人の特異能力は完璧に使いこなす事はできない。特に正体の分からない題先輩の能力を使いこなすには僕の度量が無さすぎる。幾ら、他人の身体を使い、体力の消耗を無視した能力使用が可能だとしても付け焼き刃に近い形になってしまう。
これが題先輩に事情聴取ができない理由にも繋がるのだ。
そして、二つ目の条件は一度でも死体を冷凍機能付のキャリーケースから出してしまえば、どんな状況であっても死喰い樹の腕の迎えが来てしまう可能性がある事であった。例外的に特異兵仗である父親と母親の死体は鞄にしまえば元通り、何時でも呼び出せる状態となり保存する事ができる。だが、それ以外の人間で試し事は無いし、上記の仮説が正しいことを裏付けることができたのは人間に近い形を残していた感情生命体で行ったからである。
そして三つ目、これは僕自身のキャパシティーの問題になるが、一度に操れる死体は二つまで。義手とERG製の糸を通じて使う為、二つが限界なのだ。さらに、普段でも二体同時に使うことなんて滅多にない。制限時間に気を使わなければ両親の肉体を失う事になるからだ。その為、一分一秒が永遠とも感じられるような戦闘での感覚の中、二体の死体を時間を気にしながら使う事はあの幼女……もとい踏陰蘇芳でもない限り出来ないだろう。
それに、僕は僕の特異能力の制限時間を明確に知らないがおおよその検討は付いている。それは死喰い樹の腕が来るまでだ。より実践的に考え題先輩の死体と両親の死体を併用して使うのであれば、体感よりも早くしまう必要がある。
だが、題先輩のものは先の性質上、制限時間を考えずに使うことができる。尚且つ、死喰い樹の腕が来るまでの目安とすることができる。だから、題先輩の死体を使うことで、僕はやっとの事で死体を二つ同時に使うことができる。
間合いから逃げようとした竜胆柘榴も逃さずに捉えることができる。
「行っただろう。逃さないって」
「『臆病な自尊心』と『尊大な羞恥心』──『畏怖嫌厭』。白夜くん、合わせるんだ!」
僕は母さんの入ったキャリーケースに義手の指を突っ込み、母さんの特異能力を発動させる。
同時に所要が特異能力を発動させ人型に近い形での半感情生命体化を行った。手には鉤爪、脚はより太く筋肉が隆々となる。
「『絶対追跡』……奴を追えッ!」
これは、認識した相手を確実に5メートルの距離まで近づく能力。奇しくも制限のかかった題先輩の能力の射程距離である10メートルと噛み合っている。
そして、今必要なのは奴を逃さない事。速さだ、速さが要る。イメージしろ。いつも霧咲や筒美がやっているみたいに。
『光風霽月』──『【正位置:丑ノ刻/逆位置:未ノ刻】──【早送り】──【倍速】』
瞬間、まるでテレビのリモコンの早送りボタンを押したかのように僕と所要、そして二つの死体が加速して動く。
「成功したッ!」
「加速か……僥倖だね、白夜くん!」