第一幕 24話 Drug Redly Addict Gift2
「俺様が初めてDRAGを作ってしまったのは、10年前……あの事件数日前。そう、漆我紅が自死欲感情生命体に飲み込まれたあの事件だ」
青磁先生は本当に後悔しているかのように言葉と溜息を吐いた。
「しつが……? くれない?」
瑠璃くんは聴き慣れていないであろう「あの人物」の名前に不思議そうに反応した。
「……お前はそこから説明が必要か」
「うん、世間のこととかよくわかんない……ごめんね」
「……悪いのは紫苑ねーさんだから瑠璃くんは悪くないよ!」
「……とりあえず歴史的な話からの復習だ」
青磁先生は眠そうに目と目の間の鼻根の辺りを抑えながら喋るのだった。
◇
この世界、いやここはあえて島と表現する。そう、この島は200年前までは"大日本帝国"と呼ばれる国だった。当時、日本は現在では観測不能になってしまった西洋の諸外国と第二次世界対戦という戦争をしていた。敗北直前まで追い込まれた日本は最後、核爆弾によって降伏する筈だった。
しかし、たった一人で落下する核爆弾を片手で処理した人間がいた。そう、そいつが不死の支配者"雁来紅"という名の女だった。諸説はあるが、彼女がこの世で初めて観測された特異能力者という説もある。
核爆弾を弾き、多くの命を救った彼女は英雄だともてはやされた。しかし、彼女は救った筈の人間を今度は彼女自身の手で殺していったのだった。誰も、彼女を止める事の出来る人間はいなかったのだ。
その後、彼女は数ヶ月で日本を征服し世界に対して宣戦布告をした。一個人で大量破壊兵器を処理できる能力の持ち主であり、言い伝えによると不死身である為、全世界すらたったの数年間足らずで自分の手に収めた。そして、彼女はただ支配するだけでは満足せずに、人々をあえて苦しませるような法律、人種間同士での異常な程の差別の強要、言語の統一などをした。最早、彼女には誰もついて来ず、たった一人で世界を独裁し、民から様々な財を奪い貪り尽くしていた。
もちろん、一般人……もとい地球上全ての人間が彼女に対して殺意を持つほど、彼女は悪意の象徴になっていた。だが人々は彼女を恨んだところで、その現実を変えることが出来ない。むしろ彼女自身の無敵な能力のせいで多くの人々が心が折られ、人々は希死念慮……つまりは死にたいという感情がよりはっきりと欲望へと変化したもの『自死欲』を貯めるようになっていった。
そしてある時、その『自死欲』が人々の集合無意識下で臨界点に達したのだった。
この時まで、世界の常識は人間の『感情』というものは例外なく、現象として現実に具現化される事は無かった。それはただの、脳内の物質と受容体の反応によって起こる人間の状態異常でしか無かった。
だが、臨界点に達した『自死欲』は事実、この世に現象として現れた。それが、世界で一番初めに誕生した感情生命体だった。
すぐに『自死欲』は全地球を覆えるほどの体積となり、『不死の支配者』にさえ希死念慮を持たせ、この世から消え去るほどの力で彼女を飲み込んだのだった。
世界を滅ぼすほどの力を持っていた不死の支配者、その彼女でさえ敵うことの無かった『自死欲感情生命体』。
この二つの存在はまるで作り話のような、存在だが、事実少なくとも後者は現代も堂々と君臨し樹として世界を覆い、我々を監視して、我々から死を奪っている。それこそが『死喰いの樹』。そして、樹が現れて以降人間の感情は現実に現れるようになり、感情生命体として現れるようになったのだった。
ところで、樹と名付けられているのはその姿に対してのある一種の比喩であるが、何故『自死欲感情生命体』がそのような形態へと変化してしまったのかは解明されていない。言い伝えによると『自死欲感情生命体よりは樹の形態の方が大人しいという事、そして樹に漆我の血を持つ少女を生け贄として捧げることで『自死欲感情生命体』は樹のままでいるという事が分かっている。生け贄というのは、死喰いの樹に命を捧げる事ではなく、少女が樹の内部に入ることによって、樹が暴走しないようにそこにずっといることである。
先程、会話中に名前が出た『漆我紅』というのは、まさに先代の生け贄だった少女だ。彼女は歴代の贄の中でも最も自死欲との親和性が高いと言われていた。その為、この世から樹を除去すら出来る希望として期待されていた。
だが、その結果は逆であった。
彼女は高すぎる親和性故に『自死欲感情生命体』に心を奪われてしまったのだった。そして、身体を取り憑かれた彼女は……
◇
「……様々な人間を殺したという訳だ」
一旦、話の区切りをつけるように青磁先生は喋るのを中断した。
「僕も自死欲の存在は知ってたけど、まさかあの樹の中に人がいて、その人によって保たれているものなんてね……」
「だから、その贄の命を守る為に私たち護衛軍があるんだよ」
私は付け加えるように瑠璃くんに説明する。すると、瑠璃くんはにこっと笑い返答を返す。
「なるほど……だから護衛軍なんだね。紅葉達は立派な仕事をしているんだね」
「立派な仕事ね……」
葉書お姉ちゃんも同じ事言っていたな……だからこそ、私はお姉ちゃんの夢を引き継ぐ為に。
「それで、青磁にーさんどうして7年間も私達の前から姿を消したの?」
翠ちゃんが回りくどい説明に飽きたのか先生に問いかけた。
「紫苑姉さんは父さんと母さんが漆我紅に殺されたって言ったよな?」
「えっうん……そうだけど、それがどうしたの?」
意図の読めないような先生の質問に翠ちゃんが戸惑う。
「二人はな……俺の作ったDRAGが殺したんだよ」
先生の放った一言は突き抜けるように、そしていつも一人称が俺様だった彼が自分のことを俺と言ったことで空気をより冷やしたのだった。