殺人鬼編 33話 賊害に於ける呵責1
人を殺害する事が罪とされるこの世界で、人は何かを代償にすることでその罪を贖えるのだろうか。
具体的には死刑か、それとも終身刑か。それとも他に何か良い方法があるのだろうか?
取り返しの付かないものほど罪は罪となり、社会の仕組みは喩え人間に死が訪れなくなったとしても一般市民にとっては昔から変わることはなかった。
流石に大義の為の殺人は正義となり国の為の殺戮は英雄といったように昔の対戦時に行われていた言わば洗脳のような方針と倫理観は既に潰えだが、それは即ち絶対悪への断罪を行えなくなったにも等しかった。
仮にも人が死んだら"ああなる"と分かってしまえば、それを齎した相手には相応の報いが齎される。現在、万人はどんな権利を持っていても殺人を犯せば、殺した人間を通じて、己が自死欲を掻き立てられるようであった。
僕の同僚である筒美紅葉はその最たる例で、個人差はあれど心の弱い人間ほど、若しくは人の痛みを理解できる人間ほど、希死念慮という感情に支配されやすい。彼女はここ最近、感情の怪物と化した義兄弟をその手で殺めた。それが側から見ていれば線引きを超えてしまった事にすぐ分かった。
彼女に関して僕が出来ることは何も無い。彼女を愛してやまない人々がそれを支えれば良いだけである。彼女は多くの人々から愛されている。なんて幸せな事だろうか。
だが、この話の展開で、この理論でいくと一つの疑問が生まれる。
この僕──操白夜は屍人を操る事ができる。それが喩え愛する家族であっても、かつて最強の名を欲しいままにした英雄であったとしても。まるで人形を生きているかのように動かす。それが僕の願いであったからだ。
そして、人を死から解放する力があるのであれば、殺人鬼は殺人をしても許されるのだろうか。
多分それは違うのであろう。
何故なら、僕は両親を殺した殺人鬼を未だに赦していないから。これから僕が行うことは感情的で最も愚かな行為なのだろう。
この感情を晴らすのに、感情論で片付けていい問題では無い。それは重々承知している。だが、世の中には感情的にならなければいけない場面もある筈だとこの僕は信じている。
だからもし、僕が断罪の対象として目の前の少女を殺すのであれば、それは護衛軍として許される行為になってほしいと願っていた。
僕は良くて、他人は駄目。そんな都合の良い自分を棚に上げた意見など僕にすら納得できない。しかし、同時に僕は殺人鬼を殺したいと思っている。それが仮に罪に問われ、相手と同じ事をし返していることだとしても。
この価値観が第三者に理解できるとも思えない。だから、自分自身に湧き出るこの感情は他者からの共感は得られるものではないだろう。そこで、言い方を変えよう。
殺人以外の取り返しの付く罪ならば犯しても良いのかと。
傷害罪、人を傷つけた事で被る罪。では、果たして傷を癒すことの出来る医者は人を傷つけても許されるのだろうか。
そんなの絶対に駄目だろう。そんな理屈誰にだって分かるはずだ。
だが、もし自分が恨みを持っている患者を受け持てば、医療ミスと偽って患者を殺すことが出来るようになる。医者に良心なんてものが存在しなければ、医療行為と言って患者の身体を好き勝手に弄り回す事ができる。金を稼ぐ為に必要のない治療をする事ができる。過剰な薬物を投与する事で再び受診させる事ができる。究極的に言えば、相手が気づかなければ故意だろうが故意じゃ無かろうが全てを支配できる。
だが、そんな悪人がもし本当に居れば報いを受けさせる為に裁いたって別に良いだろう。この例のお陰で僕はこの議題の結論に至った。
『やはり人は感情で人を裁く事ができる』
どれだけの合理性を並べても人が人を殺すと言う行為に感情が発生しない筈がないのだ。目の前に悪意があるのであれば感情で僕は人殺しができる。
賊害に於ける呵責はあれど、人を殺す事は可能なのだ。
両親を殺されて四年の時を経て得た解答がこれだった。
「ようやくだ。ようやくお前に逢えたよ。えっと、名前は……」
「竜胆柘榴です〜」
髪を二つのおさげで結い肩から前へ出している彼女の顔は以前何処かで見た事あった顔であった。左右非対称の瞳で片側には髑髏の模様が黒目に浮かんでいた。報告通り、元護衛軍幹部の鬼灯百合の頭部を使用しているようだ。こういう感想を持つのは少し悔しいが、街で見かけたら皆振り返って見たくなってしまうほど整った顔の持ち主であった。
その甘ったるい声は初めて会った時とは全く違って、酷く甘美に聴こえた。露出度の高い服から臍や鼠蹊部が見え扇情的にも思えたが、そこに刻まれた縫い跡には他人の肉体が埋め込まれていた。よくよく、見ると四肢も、首にも同じような跡が付いていた。
僕は持っていた通信機でこの場に要るメンバー全員に報告する。
「『収集家』を見つけた。蟲を対処してからで良い。援護を求む」
「どうやらホンモノみたいだね。全く、蘇芳ちゃん様々だ。みんなが蟲で撹乱されている以上僕等でやるよ白夜くん。最終確認だけど僕等は短期決戦型だ。戦力に余裕が出来れば退くからね。その結果、僕等の復讐が叶わなくても諦められるかい?」
「……あぁ」
隣に居た所要もどうやらそれに同時に気づいた。
僕等は現在、護衛軍本部と同じ県内にある旧霊園である森林と化した森の中で数年振りの復讐者との邂逅を果たしたのだった。
夜明けと共に相手の能力が充分に使えない時間帯を狙っての共同任務での包囲。相手の力量の目算は『恐怖』以上を想定。複数の特異能力を持ち、その中には僕や妹と同じものがある。全てを賭けても良いほどの強敵だ。
「竜胆、お前の罪判っているよな」
「"罪"ですか〜。えぇ、勿論です〜」
「逃すつもりはない、覚悟しろ」
持っていたキャリーバッグに義手の指を挿し込むと、その蓋は開かれその中から冷気と共に男が出てくる。
瞬間、竜胆はその男の力量を察し一瞬で間合いから離れ、所要は驚きを隠せない表情をしていた。
「……出し惜しみはしない。この死体は題先輩のだ」




