殺人鬼編 32話 勤勉な復讐者19
私の言葉の意味の分からなさに『収集家』はその髑髏が描かれた目を丸くした。というか、あの時みたく人間らしくないと言われて、少々苛立っているのだろうか。
「はい〜?」
「オマエさ、心が読めるんじゃないのか? それなら……いや、違うな傾向を予想してるだけなら……オマエになんて、ワタシの心は永遠に分からないよ」
そういうと、『ソイツ』は暫く俯き考え込み、一通り頭の中を整理し終わると『そうですか〜』と片手を丸めてもう一方の手の平をポンと叩いた。
「ふふふ〜やっぱり他の人の事は感じることが出来ても心を理解することはできませんね〜まぁ、人間のそういうところが愛おしく感じてしまう理由になってしまうんですけどね〜」
『ソイツ』は赤く染まった顔でからからと笑いながら、男の死体を解放して死喰い樹の腕に回収をさせた。
私にはこの手の精神攻撃は効かないとみたのか、見切りが早い。あそこまでの提案をしておいて、自分の行動を変えたのを見るに正確に心は読めないらしいのは本当らしい。だが、コイツにはプライドとかはないんだろうか。
それとも、読心のジャミングを私が意図して行ったことに気づいたか?
私の特異能力は特異能力等や人間の情動と呼ばれる理不尽や不規則は予測から外れやすいという特性上、私が感情を揺さぶれば揺さぶるほど奴の読心の精度は下がる。
それに気がついたとすれば……
「私を目の前にすると感情的になってしまうところも素敵ですよ〜」
「……気持ち悪いな」
やはりそういう反応になるか。
「隠したって無駄ですよ〜。私〜少し誤解してました〜。蘇芳ちゃんは特異能力者の中でもかなり合理的で鈍い方だと思ってたんですけど〜いざって時はやっぱり感じちゃうんですね〜」
私はコイツを目の前にするといやコイツのことを考えようとするだけでも、幸か不幸か冷静さを保てなくなるのは分かっていた。それが、実戦では特異能力の火力に繋がるから良かったし、別に復讐するためには悪癖だとも思わなかった。だが、こうしてその復讐相手から言われるとかなり苛立ちを感じた。
「これって両想いだと思いませんか〜?」
「オマエ、本当に気持ち悪いな!」
そう大声で叫ぶと、ソイツは見るからにシュンとショックを受けたような顔になり、残念そうな顔になった。
「酷いです〜。これでも勇気を出して告白したのに……。私だって人間の可愛い可愛い女の子なのに〜」
「……」
その台詞に私は物凄いくらい嫌悪感を感じたのでそれを顔に表した。その台詞は反吐が出そうなほど百合の顔には似合わない。できるなら、その顔を早くその身体から解放してあげたい。
しかし、生かしても殺してもコイツの望み通り。なぜなら、生かせば人間を大量に殺して尊厳を滅茶苦茶にしてくる。殺したら殺したらで、コイツは幸せだと。
甚だしい程に理不尽な存在。それがコイツ──竜胆柘榴という生物。他者の感情を喰い物にする人間より悪魔じみたバケモノ。
「はぁ……そうですか〜分かりましたよ〜アナタの願いが」
「何だと?」
ここで私が柘榴の行動と台詞を予測できなかった事実に気がついた。コイツも私と同じく激しい情動により、予測を捻じ曲げている。
それに柘榴は私の願いの内容を……
「待て、ワタシはオマエを……!」
「やっぱり、そうですよね〜。なら、挨拶はここまでにしておきましょう〜。これならあの方との契約も守れますよね〜? では、『紅葉狩り』の時期にまたお会いしましょう〜」
すると、柘榴の身体が細かく夥しいほどの数の蟲に変わった。
やはりこの特異能力を……!
そして、蟲たちは散り散りとなり工場の空いた穴から出ていったのであった。
その場に残ったのは嵐にあった後のように立ち尽くした私の姿と首の刎ねられた男の死体のみであった。柘榴が去った後、『死体操作』が完全に解除されたのかその死体には死喰い樹の腕が群がっていた。
「クソッ……」
全部柘榴の掌の上という事か。そして『あの方』か。それが誰の事を指しているかにもよるがほぼ一択だろう。
「リーフピーピング……紅葉狩りか」
次の狙いは紅葉──筒美紅葉か。それが分かっただけでも、今回の任務に柘榴と遭遇してしまった不幸分、お釣りはくるだろうか。
「酷なもんだなぁ……今ならオマエの気持ちも分かった気がするよ、モミジ。世界を救うには自分の感情と折り合いをつけないとな」
そして。私は私のことを馬鹿にした男の死体を見ながらこう呟やこうとした。
「あと少しだ。そうすればオマエを殺したやつを……」
否、呟こうとしたところで私は言葉に詰まってしまった。
「ワタシはアイツをどうすれば心が救われるんだ」
殺したところで、アイツは何も変わらないだろう。もし、もしもそれで百合が帰ってくるなら……。
「畜生……それでも、ワタシはアイツを殺さなきゃいけないんだ」
何が理由であっても私の復讐心が燃え尽きることはない。この勤勉な復讐者が竜胆柘榴の事を嫌いな事実には変わりないのだから。
そう情動が燃え続ける事を祈った。