殺人鬼編 30話 勤勉な復讐者17
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そして、時は現在に戻る。私こと踏陰蘇芳は『収集家』が破壊したとされる工場の壁を見つめていた。
「もし奴と樹教との間で利害が一致して、私やアサヒ、ハクヤやユウキのだけじゃなく樹教の特異能力者の能力まで持っていたとしたら……この状況、納得がいくな」
私は隣にいた名も知らない曹長の男に聴こえるように言うと、彼は表情を『コイツは何を言っているんだ』というような事を言いたげそうな顔をしていた。
「へぇ……特異能力者、そういえば巷で噂の超能力者らしいですねぇ。護衛軍は何やら近頃小娘たちを祭り上げてるみたいですが、あんな顔だけで選ばれた乳臭い娘共……おっと失礼、そういえば貴女は彼女達よりも年下でしたね」
嫌味ったらしい顔をしながら彼は私の思考の邪魔をする。『性格まで捻くれてんのかコイツは』とツッコミを入れそうになってしまったが、それは何か私のプライドが許さないので、口を閉じて私は目の前の事件に集中する。
「……」
「護衛軍も焼きが回ってきたようでなにより。こんな小学生と遜色ない子供が一佐官なんて。正直言って、超能力なんて存在しないと思うんですよね。大体虫が工場の壁を破壊するなんてあるわけないし、目撃者の証言がちぐはぐなんですよね。というかそもそも、そんなものあるならなんでそれを対感情生命体との戦闘で使わないんですかね」
私の役職を理解してこんなハラスメントをしてきたことに驚きはしたが、このままだと本当に人に迷惑をかけて死にそうだなと思ってしまった為、私は口を開いた。
「ワタシは別にオマエがどこで野垂れ死のうが構わないから黙ってたけどさ、いい加減これ以上放置するとめんどくさいから一つだけ忠告しといてやる」
「何ですか?」
得意げに言う彼に、私は心底あきれたので事実だけを言うことにした。
「オマエ、この仕事向いてないよ」
「……ほぉ! 人の仕事の不向きなんてあって数分でわかるもんなんですねぇ!」
『だからなんだ』と言わんばかりの彼に私は後ろを見ろと指を指す。
「ほら、後ろ」
それを言われて初めて後ろを振り返った、男は後ろにいたモノを認識した。
「……! 感情生命体⁉︎」
「違う」
私達の背後に迫ってきていたのは本来に存在するはずのない人間を食べてしまう程の大きさのよく見る普通の羽虫であった。それを感情生命体と勘違いしてしまいたくなる気持ちはよく分かるが、これは敵の特異能力によって作られたただのデカい虫だ。『衝動』を放っていない。ここで来るであろう護衛軍の特異能力者でも待っていたか。
「ハァ⁉︎ 感情生命体に決まってるじゃ無いですかぁ! なんかそう言うデータあるんですか? こんなの……にっ逃げ……⁉︎」
私は自身の影から彼の影を経由してERGで巨大な手を作り捕まえて、羽虫の攻撃が届かない距離へと追いやる。
「邪魔」
次に私は両の手の平を合掌し、その中に影を作る。そして、その中で複製された固体化されたERGは不規則にぐねりぐねりと動き、掌同士を垂直方向に離すと、鉄くらいの硬さの塊ががまるでゴムが撓うかのような動きでぎちぎちという音を立てて引っ張られる。
まるで弓から矢が発射される前の弦の臨界状態。それが私のERGで再現されている。
そして臨界点が来ると、その反動で黒いERGがその羽虫目掛けて鏃のような形になり放たれていく。
「殺すな、羽を千切り捕まえろ」
羽虫は自身の巨体のせいか私の放った鏃を避けきれず幾つかの鏃は変形し網のような形状になり、地面に落ちた所を拘束された。
「なんで殺さないんですか!」
男は恐怖に怯え、私に命令するような事を言う。勿論、彼の言い分は全く聞かない。なぜなら幾ら網のような形状に変えたとは言え、私のERGは高度は鉄のそれを遥かに超える代物だ。あの羽虫が面倒くさい能力でも持ってない限り大丈夫だろう。というか私の特異能力がその可能性もないことを証明してくれている。あと、生かさなきゃ恐らく回収され鑑識に回せないからな。
「殺さない理由か? 殺したら折角の証拠が腕に持ってかれるからな。よっぽどの分析能力でも持ってない限り、普通の奴らなら殺さないぞ」
「……そうですか! そうですけどねぇ! そんなよく分からない力で感情生命体なんて拘束できるものじゃないと思うんですがねぇ!」
私の指示は別に間違ったものでは無いと思うのだが。確かに、こんな図体がデカいだけの羽虫を私相手に送ってくるのは変だし、私の特異能力の力を信頼していないだろうか。無理は無いが、まぁ、敵前逃亡、上官の指示に従わないその上状況すら理解できてない奴だ。こんな人間の言うこと聴いたって得はないだろう。
「すぐ後ろまで近づいてきてたのに全く気付かなかった奴には言われたく無いんだがなぁ……」
「は……なんですか?」
ここまでくるともう可哀想だと哀れな視線を送りたくなる。どうやって護衛軍にこんな奴が入れたんだ?
そんな事を考えながら私羽虫を影の中の空間に放り込む。
「なんでもねーよ。ここでの仕事は終わりだ。もう支部にでも帰って部下にでもマウント取ってな」
「なにを言ってらっしゃるのかよく分からないですが、貴女の性格がその辺の蟲と変わらない人間である事は理解できましたねぇ」
彼はまた嫌味ったらしい顔をし私を馬鹿にするような言葉を言った瞬間、唐突に私の身体全体に悪寒が走ると共に先程倒した羽虫への違和感が理解できた。そして、数秒先の未来が見えた私はまた彼に警告をする。
「……ここに来るか。すまん。お前は守る余力は無い。死にたくなきゃ自分で自分の身を守れ」
瞬間、『アイツ』は工場の空いた壁から侵入して、私を目掛けずに男だけを明確に狙って、彼の首を落としたのであった。
「は? 死──」
真っ直ぐと引き裂かれた断面は血飛沫を上げながら放物線を描き、地面に落ちた。助けられなかったことに多少罪悪感は感じたが、忠告はしたし私が助けたところであんな風に目をつけられていたら死は確定していただろう。
今はそれよりも目の前の『アイツ』をどう対処するかだ。マズい。サシでやる事は想定していないぞ。
──『収集家』。
「一連の事件はやはりお前が原因か」