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どうか、この世界を私たちに守らせてください。  作者: 華蘭蕉
Act five 第五幕 lunatic syndrome──『感情の希釈』
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殺人鬼編 26話 勤勉な復讐者13

 私の気配を感じたのかここにいた5人全員が一斉に私の方を見た。皆、困惑もしくは驚き、かなめに関しては題への抵抗を一切止め、ぼーっと私の方を見ているのであった。


「何故あの子から百合ゆりさんの特異能力エゴを使っている時に似た感覚が……」

こうくんもあの子から百合さんの気配を感じたんだね。おそらく、僕らが感じた気配は彼女のあの骸が描かれた左目……あれが元々百合さんのものだったという事だろうね」


 拓翔たくとがそう言うと同時にぼーっと見ていた要の目から涙が流れた。


紫苑しおん、彼女の糸をもう一度見て」

「勿論です。……赤い糸らしきものが2本あるのが確認できました。本来なら赤い糸は一人につき一本です。それが2本あるという事は少女の体の中に二つの生命体が宿っている事を意味します。明らかに異常事態です。さらにあの特徴的な左目から出ている方の赤い糸は黒化が進んでます。一体何が起きているんでしょう?」


 焦った様子の紫苑は題に意見を求める。題は手を顎に持っていくと私の瞳を凝視しながら何か思い当たる節があるように呟く。


「百合さんの目を移植した、それが可能かどうか置いておいてそれをしたのは十中八九『収集家コレクター』だろうね。リスクも踏まえて百合さんがあの子にそんなことはしないでしょ?」

「確かにそうですね……。さっきもいいましだが、百合の死体が回収されないのも『収集家コレクター』の仕業だと思われます。この二つの現象が『収集家コレクター』が原因であれば、人体の移植のリスクも踏まえて辻褄はつきますね」


 つまるところ、現状、彼等はところ要の感情生命体化アージュを様子見している。感情生命体エスターになり次第彼は処分されるのだろう。それを証明する為に、紫苑から見れば彼の糸を見た。そして、彼の糸は感情生命体化アージュを示す黒色となっていた。だが、その黒化の原因がもし要によるものではなく、百合の感情生命体化アージュによるものなら、所要は人間のままでいられるという事だ。


 そして、それを示すようにどうやら私の左目……つまり元々百合の瞳であった部分から黒くなりかけている糸が出ている様子であった。それが示していることは、所要はまだ人間だという事であった。


「さてと。どうやら、状況は最悪じゃ無くなったという訳だね。要くんも抵抗をやめた。ようやく意識を……いや理性を取り戻したというわけかな。ここからは拓翔くん、君らで話すと良い。勿論、殴り合いから殺し合いになるような喧嘩になるなら僕が全力で止めるよ」

「本当にありがとうございます。僕らの力が至らないばかりに」

「卑下する必要はないさ。ゆっくりやれば良いから。僕の目の黒いうちは全力で青春でもなんでも自由にするといい」


 題に押さえつけられていた要は虎の姿へと変化しかけていた身体を徐々に元へ戻していた。そして、拘束が解かれ、変身が解けるとその目を開けてこちらを見ながら喋っていた。


「僕は……そうか。大切にしたかった後輩を守れなかったんだね」


 その表情には喪失感とようやく何かから解放されたような虚脱感が表れていた。彼の言葉の節々や抑揚から伝わってきた感情の意味は、所要は百合に対して恋愛感情に似た感情を抱いていたことを意味していた。


 一体、所要と百合はどのような関係性だったのだろうか?


 所要──彼の見た目的な年齢を考えるとおおよそ20歳前後。百合は14歳だったが、見た目も精神面でもおおよそ一回りは大人びていた。流石にそこまで歳が離れていれば年上の方から恋愛感情を向けるような事は無いと思うが、最初に拓翔の言った『彼岸ひがんさんにどう報いる』という言葉が引っかかって来る。その関連の話なのだろう。


 私からすれば所要が護衛軍の軍人の先輩として彼女に対して接していたからなのか、単純に所要の好みの見た目だったからなのか……だが、そもそも、あの百合の性格を考えればそもそもまず男を好きになるのだろうか。


 そう思った瞬間、私の求めていた解答を所要は声を震わせながら答えた。


「これが……そうか。あの時、彼岸ちゃんと拓翔が感じた痛みだったんだ。僕は最初から百合ちゃんの前に立つべき先輩としてただ先輩らしく、そして僕は彼岸ちゃんへの罪滅ぼしの為に彼女を守るだけでよかった。そうすれば、僕はここまで自分を嫌いにならなかった」

「それは違うよ……そんなことしても要くんの心は壊れていくだけだった。なら君がするべきだったことは自分を嫌いにならないようになる事だったはずじゃないか……!」


 それに反応して拓翔は要へと反論する。だが、即座に要は大声を荒げ、それを否定した。


「そんなこと……! やろうと思えば、いくらでも出来たよ。自分だけが幸せになるなんてそんな楽なこと。だけど、それをしてしまえば無意味に体質のせいで百合ちゃんに好意を無理矢理にでも抱かせてしまう。僕は彼岸ちゃんの時のように人から人の幸せを奪うことが怖かった。親友の君の願いを引き裂いてしまったからね」

「……それはもう過去の事だ。僕は……清算したつもりだ」


 所要の言葉がそのままその通りなら、彼は元々自身の体質に他人を魅了するような能力を持っていた。それは恐らく、特異能力エゴというよりかは感情生命体エスターの放つ感情伝播能力……『衝動パトス』に近い体質を持っていたのだろう。


 もし、他人の好感度を操作するようなものが、無意識に周囲に向けて放っていればいくら耐性のある筒美流の使い手であっても、いつの間にか彼のことを好いていても仕方はない。その状況が相まって、恐らく要は拓翔の想い人……『彼岸』の心を奪ってしまい、こういう状況が起きてしまった。


 それが今回でも起こったとするのであれば、要は要で、拓翔は拓翔で心に傷を負ってしまっているのであろう。それが先程の『反転アンチテーゼ』と『感情生命体化アージュ』未遂の根本となった原因なのだろう。


「そうだね、過去の話より今の話をしよう。僕はね罪なことに、百合ちゃんと時を重ねるごとに彼女へ好意を抱いてしまったんだ。だから、『衝動パトス』の力に身を任せれば自身の願いが叶うとよぎった自分自身に心底嫌悪感を抱いた。それでも、僕は誰かに愛されたくて、その度にまた嫌悪感を抱いた」

「……そうかい。難儀だね、君は。目の見えない僕ですら、そんな分かりきった答え出してるのに」

「どういうこと?」

「……はぁ。君は百合ちゃんから好かれていたよ。恋愛感情かどうかは知らないけどね」


 それを聴くと、要はもう一度涙を頬につたらせ、震えた声でもう一度拓翔へ聴いた。


「僕がこんな体質じゃなくて、彼女からこの性格を、この見た目を好きになって貰えていたら、僕の心は百合ちゃんの死に耐えられなかったと思うかい?」

「……もう、耐えられてるじゃないか」

「そうかい……なら、いっそのこと、こんな心壊れてしまえば良かったのに……」


 要が今にも消えかかりそうな声でその言葉を呟くと、もう彼は言葉を出すのが出来なくなってしまうほど涙を流して泣いていた。


「辛いよな。解るよ。好きだった人が自分の目の前から居なくなること。だけどね……それでも僕等は前を見続けるしかないよ。だって、『それしか』出来る事がないじゃないか」


 この拓翔の言葉を最後に、この絶望と後悔を繰り返した夜と始まりを告げた朝は終わりを迎えたのだった。


 拓翔のこの言葉は不思議と私の心の中にずっと残ってい。それは完全に私の感情とも一致したからなのだろう。


『私も、それしか出来る事がないんだ。だから、百合。その瞳で見ていて。怠惰な私があいつを殺すところ』


 この感情が燃え尽きる事はなかった。それはこの感情の正体を既に私は知っていたからだ。


 ──『勤勉』であり続けること。


 それが今の私の宿命だった。

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