殺人鬼編 25話 勤勉な復讐者12
私がそう若干引き気味の声で答えると紫苑は題の方へ走って行き、彼に私のことを話したのだった。
そして私は引き続き、彼ら──題・紫苑・要・拓翔・洪5人の影響が及ばない遠くから様子を窺うことにした。
「……なるほど。彼女は百合さんの忘れ形見。全く……放って置いたらその忘れ形見を要くんに殺させてしまうところだった。さてと、紫苑。やる事は分かってるね」
「勿論です」
瞬間、紫苑は要の周囲の空間をまるでそこに何かを捉えているかのように刀で斬った。
「人の縁──それは切れるもの、そして斬れるもの──『運命観測』」
先程の私の時とは違い、紫苑は舞い、刀を流麗な弧を描き続けながら降り続ける。明らかに異質な雰囲気を纏った彼女は取り憑かれたようにその口から音を奏でた。
「これから起こる其方の未来も、運命も……その全てが無惨に非条理に散っていく。これは地獄、生き地獄。『人から愛された』故に『人に嫌われる』ことを願いとした其方への罰」
これが紫苑の特異能力……。私の予測を超えた、正真正銘、真の未来予知能力。
いや、正確に言えば彼女が今現在行なっているのは、この先の未来の選択肢、要自身が選択するはずであった縁や運命を斬り刻み、未来を一つの方向へ確定し絞っているのだ。
彼女の目にはそれらが何かの形として捉えられる能力があるのだろう。おそらくその能力が特異能力の本質。だとすれば、果てしない程の思念が込められたあの日本刀は運命を観測する彼女がそれを斬る為に作られた特注品。
そして、紫苑はまだ要の未来を詠み続ける。
「其方が罪を認めそして禊ぐのであれば苦しみを享受するであろう。報われたいなどとは考える事勿れ。『永久』の苦しみ享受し、踠き、苦しみ、生きていく。其れが其方の定め也。だが、この先『永久』が『永久』では無くなる時、其方は──」
そこまで言うと紫苑は刀を振り下ろすのをやめて、刀を鞘へ戻した。
「どうしたの、紫苑?」
「ふと気になって見てみたのですが、百合の方の『赤い糸』が黒化していました。元々、所さんに繋がっていたものでしょうね。私たちが来た頃には既に切れていたので、両者のどちらが黒化の原因かは判別付きませんが……」
百合の方の『赤い糸』……と言っていたことからも紫苑の特異能力は誰か対象を一人選んで、その対象者から放出されている『縁という名の糸』を観測し、その『色』で未来を解釈するものなのだろう。さっき刀で斬っていたのは切らなければいけない色をした糸。彼女は要を感情生命体となる運命から反らせる為にそれを行なっていただろう。
そして、現在彼らが言及しているのはその『糸』の黒化。話の流れからも感情生命体化によって引き起こされた現象。切るのをやめたということは糸の色の中には紫苑ですら切れないもの、もしくは斬ってはいけない糸があるのだろう。
黒い糸は百合が感情生命体になりかけた事が原因なのか、要が感情生命体になりかけている事が原因なのか、その判別は分からないがそうなると彼等の反応は──
「……厄介ですね。どちらにせよですが。百合さんの死体が『死喰い樹の腕』に回収されない事も含めて、原因が何にあるか。百合さんを殺した『収集家』は何か知っているのだろうか……?」
「黒化の原因に『自死欲』が関わってくるとなるとまた問題がややこしくなりますね。百合が守ったあの少女が言っていた通り、感情生命体となる前に自決したのであれば、通常より自死欲は反応するから死体はより早く回収されるはず。やはり、予想通り百合の死体が回収されないのは特異能力によって保護されているからに違いないでしょう。それが、糸の黒化の原因だと判別するには百合の身体を持つ『収集家』を直接見なければ分からないでしょうね」
彼女の言葉から分かる通り紫苑自体がその『糸』を見てもその色の意味する性質が正確には分からないこともあるという事だろう。そうだとするのであれば、先程の身体を乗っ取られたように未来予知をしていた彼女の言葉は、彼女が自分の意志で発したものでは無いのは確実だ。無意識下で行なっている以上、あの抽象的な未来予知の中身の解釈は彼女自身にも正しく行えない場合もあるはずだ。
受取手によって印象の異なる未来予知なんて、ほぼ占いと一緒のようなものだ。紫苑の性格がこの特異能力に反映しているのであれば、効果もその曖昧度も納得はできる。
やはり、特異能力と使用者本人の性格、精神性は互いに影響しあっているというのが正しい認識だろう。私は特異能力を発現させた時はこの世の真理を知りうることのできる頭脳を欲した。百合があんな特異能力を発現させたのは……分からない。そういえば私百合の事をあまりしれていないまま別れてしまった。だけど、彼女の事だ。きっと自分の好きな物、この世界にある綺麗な物を自由気ままに自分の手で形どりたかったからなのだろう。
そう、思った瞬間再び私に移植された左目がほのかに熱を帯びた。