殺人鬼編 17話 勤勉な復讐者4
数週間後、私は鬼灯百合の家で筒美流の訓練をしていた。
彼女の教え方はマイペースで穏やかそうな性格とは打って変わりスパルタ方式だったが、私の四方技術の序の項の熟練度が飛躍的に上がったことからもかなりうまい教え方をしているのだろうし、私自身も彼女から学べることは多かった。
ユリ本人の実力は筒美流の熟練度だけでも護衛軍の佐官になれる位には筒美流を習得していると言っていたし、今の私なら護衛軍に入る事は容易いことだと励ましてくれた。
「はぁ……はぁ」
「蘇芳ちゃん〜まだまだ頑張れますか〜?」
「……! 勿論!」
ユリは固形化させ刃状にさせたERGの欠片を自身の周囲に漂わせ、こちらの隙を窺い何十片もの刃を飛ばしてくる。
「まだまだッ!」
それを私が同じように作った刃状のERGで全て丁寧に撃ち落とした。
この刃自体、防御術で防ぎ、生身で受けさえしなければ殺傷能力なんてほぼないようなものであるが、そもそも自身の体から放出したERGを刃状に固形化することも、それを操り漂わせることも、相手に狙いを定めて撃つこともかなりの集中力と技術力が要る。その為、実際の戦闘に使える事はほぼないが、筒美流を使うための集中力と技術力が一気に向上するという利点がある。
元々、私にとって長く集中して何かを行い続けることは苦手な事だったため、ユリはその弱点を見抜いて私にこの訓練をしてくれているのだろう。
「お〜よく今の撃ち落とせましたね〜。凄い上達速度です〜。やっぱり蘇芳ちゃんは才能ありますよ〜」
「……はぁ……はぁ……はぁ……そういうユリは全く疲れてなさそうだけどな……」
「まぁ、これでも小さい頃からずっと訓練してますし〜そこはこの訓練に打ち込んできた時間の差ですよ〜」
それもその通りだ。実際にこの訓練をやるまではERGで固形化したものを相手に狙って撃つなんて出来もしなかったし考えもつかなかったが、この訓練を始めた事によって、ユリのようにできるという明確なイメージが湧くようになった。
「見てなよ……ユリに追いついてやるから」
「その粋です〜ですけど〜まだ甘いですよ〜」
ふと後ろからコツンとボール状のERGが私の頭を直撃した。
「痛った! おい! 不意打ちはやめろよ!」
「ふ〜ん。実際の戦闘でもそんな言い訳するんですか〜? その油断が殺し合いで命取りにならないといいんですけどね〜」
「……ッ!」
「悔しかったら私に一発でも当ててから口答えしてください〜。そしたら、もっと褒めてあげますよ〜」
彼女はドヤ顔で私の事を煽る。
「……分かった。やってやるよ!」
私は大量の刃状のERGを放出し、周りを回るように漂わせる。私を中心として渦のように回るERGは私を守るための盾となり、渦を広げれば相手を攻撃する矛となる。
「……! へぇ〜自分で考えたんですか? それ?」
「そうだよ。それが何か問題でも?」
「いいえ〜改めて才能は恐ろしいな〜って思っただけです〜それ、実際に攻戦術と防御術の応用技で一応これを再現するだけでも破ノ頁に属する威力を発揮する技でもあるんですよね〜」
「……」
私が思いついたものが奇しくも先人が開発した技であったからそれに驚いただけか。だが、これが破ノ頁か。
何故、ただ漂わせていたものを周囲に、しかも目で追える位ゆっくりとした回転をかけているだけなのに技の序列が上がだろうか? 攻守一体でこちらのリソースを割かれづらいからなのだろうか。それともERGそのもの自体の性質に何か関係があるのか?
「その技だけで准尉クラスに匹敵しますよ〜その速度が大事なんですよ〜」
「速度……?」
「はい〜ある程度以上速度をつけたERGの質量は通常のものより軽くなるっていう性質を持っているんですよ〜だから、遠距離攻撃をする際に大事になってくるのはERGの質量を維持しつつ最速をだす事なんですよ〜。丁度、蘇芳ちゃんが今動かしている位が中級者の中での標準的な速さになっているんですよ〜」
だから、単に速度を速くし相手にぶつけたところで威力が上がらないのか。
「ちなみに一定以上ERG急ノ頁以上の防御術で圧縮すれば質量の減少を抑えることができます〜ですからぁ〜さっき蘇芳ちゃんに当てた球状のERGはそうやって作られたものなんですよ〜」
「なるほど……だから『力動』を極めるには四方技術全てが水準以上でなければいけない。徒手空拳も、ERGを圧縮する技術も、間合いを調整する技術も、どんな環境でも立ち回れるような技術も……」
であるならば、一朝一夕で身につけたような発想や工夫程度じゃ、私よりも知識のある彼女には到底足元にも及びない。彼女に一発でも攻撃を当てる為には……
「ちゃんと理解ってて偉いですよ〜」
ユリは周囲に私よりも多くのそして質の高いERGの刃を高速で漂わせている。これには勝てないだろうという実感がひしひしと湧いてくるが、それとはまた逆にこれを乗り越えたいという感情も湧いてきた。
「実はですね〜、ここまで力動による遠距離攻撃ができるのは私や筒美封藤創始聖を含めても片手で数えられるくらいしか居ないんですよ〜貴女にはそれに並べる才能があるんですよ〜」
「……そうだな。ユリ、多分お前に一発でも当てるにはお前の言う通り、私に才能が必要なんだろうな。それが何かは分からないけれど、もしお前に褒められる為なら……」
急に視野が広がったような感覚がした。今なら周りの情報が全て同時に行えるようになりその全てに対応することが出来る。まるでこれから起こる未来が予め推測できるかの様だった。
──これが私の『才能』。私だけの……
視野が広がった瞬間、私はこれから起こるERG特有の理論的には説明できない挙動と性質を知った。
ERGには大きく分けて二つの性質があったのだ。
喩えるなら、『陽』と『陰』。
それはそれぞれポジティブな感情とネガティブな感情によって分けられる。そして、この二つの性質が違いに影響し合うことで、人智を超える様な力が出力されている。
磁石でいうところのs極とn極のような性質もあれば、互いが互いを打ち消しあったり、強め合ったり、それはそれぞれに含まれた細かい感情によって違ってくるということが今の私にはわかった。
何をすればどうなるのか、その結論が見えるようになったのだ。
「……!」
だから、私は最低限の防御で相手の刃をいなし、ユリの隙をついて一発即座に反撃を当てたのだった。その状況にユリは驚き以上に嬉しそうな顔をし、攻撃を解除したのであった。
「……当たった」
「おめでとうございます〜。やっぱり貴女は特異能力者になれる才能があったんですね〜」