殺人鬼編 15話 勤勉な復讐者2
これは私がまだ"普通"の少女だった頃の話だ。
一般家庭に生まれた私は、周りからは頭の良い子だという印象を受けていた。だが、それは今のように大人すら凌駕するような逸脱した特異能力のものではなく、当時小学3年生だった私にできたことといえば、周囲の大人の会話を理解し、周りの求めていることを年相応ながら行うことであった。そして、元々から人の命を守る事に興味があった私は将来は護衛軍に入る為に、筒美流の体術も勉強も周りの子供以上に行った。
それでも周りに同調し、同級生と一緒に遊び、年相応にただ振る舞う。そして、いつか人々の命を守る存在になる……それが私、踏陰蘇芳の人生であると思っていた。
両親を殺されたあの日までは。
あの日の数週間前……夏休み中のある日、自身の部屋で勉強をしていた。4時間以上続けて勉強し、嫌気がさしてきたそんな頃、玄関でインターホンが鳴ったのが聞こえた。窓から外を覗くと玄関先に知らない中学校か高校かの制服を来たお姉さんが立っているのが見えた。おそらく、高校生と言うには少し顔つきが幼かった為、中学生なのだろう。
最近、近所で引越しがあったということを聴いていた私は、その家に住む人が挨拶をしに来たとすぐに思った。
そして、私は開いていた教科書をすぐに閉じ、来客に対応しているであろう母親から会話の主導権を奪い取り、そのお姉さんと仲良くなろうと思い階段を駆け下り玄関の様子を窺った。
そこには、落ち着いた雰囲気を醸し出す私よりも年上の女の子が居たのが分かった。三つ編みのおさげを二つ肩から前突き出し、先っぽは黄色の小さなリボンで結ばれていた。瞳は宝石が散りばめられているかのように澄んでいてその中で映える白と黄色と黒のコントラストが綺麗だった。何故か長袖を着ているが、彼女の涼しげな顔を見ていると、不思議と違和感は感じなかった。2階から見た時より、大人びた雰囲気で、そのせいで何歳か分からなくなった。
「わざわざ挨拶なんてご苦労様。貴女が鬼灯さん家の百合ちゃんなのね。今は……14歳かしら?」
「……はい〜そうです〜」
母親が彼女に対応し、彼女は少し間を開けた後、語尾を伸ばすような甘ったるい話し方でそれに返した。
『14歳……あれが……?』
私は余計に彼女の事が気になり階段の壁から顔を出し彼女の姿を覗き込んだ。
そして、彼女に気付かれると、落ち着いていたその表情が一気に綻びコチラに向けて笑顔を浮かべた。まるで、年相応の少女に戻ったのかのように。そして、数秒間互いの目が逸れる事なく、私は彼女に何かしら興味を持ってしまった。
「……?」
「貴女が蘇芳ちゃんですか〜?」
「はい……そうですケド」
「……うわさどおり、とっても可愛らしいです〜」
恍惚とした表情と舌舐めずりを母親に見えないように、そして私にだけ見えるようにし、小さい声でつぶやいた。
「ほんとうに……食べちゃいたいくらいです〜」
「……!」
私はその様子を見るやいなや階段部分の壁に隠れ、身体を隠すようにしながら、鬼灯百合と名乗った少女を警戒しながら見る。
「オホホ……確かに蘇芳はその辺の子達と比べると可愛いのかも知れませんけど……百合ちゃんも変わってるわね……」
母親は彼女に対してドン引きしたような反応を見せる。
「え〜そうですかぁ〜? 今どきの女の子って大体こんな感じですよぉ〜? 可愛い子には"目が無い"というか〜」
「へっへぇ〜」
「今、蘇芳ちゃん夏休みですよね〜? 明日暇ですか〜?」
瞳をキラキラさせて、彼女は私の方ばかりを見る。どうせ暇だし、勉強もしたくないから久しぶりに外で運動でも……。
「蘇芳にはそんな遊んでるような時間はありま……」
「別にいいよ、お母さん。久しぶりに筒美流の確認もしたいし……変な事があっても私強いから大丈夫。最近は引きこもって理論とか……勉強ばっかだったから。たまにはね……?」
「……そっそうかしら? 貴女がいいと言うのならいいのだけど」
「じゃあ、決まりですね〜。明日、私のお家で"お人形遊び"しましょ〜?」
それだけ言うと彼女はすぐに家へと帰って行った。母親はまだ若干、彼女に対して恐怖心のようなものを抱いていたが、私はそれが興味に変わっていた。
そして、翌日彼女に言われた通り彼女の家へと来た。まるで使用人でも居そうな位豪邸で和風の家であった。インターホンを鳴らすと着物を着たユリが中から現れて私を家の中へ招いた。着ているものの身なりからしてもやはり富裕層である事がなんとなく理解できた。
だが、何かが不自然だ。やけに音がない。普通、家族に挨拶とかなんなりしてくるだろう……。
そんなことを考えているとユリの部屋に着いたのでその畳の上に座った。
「ねぇ……お姉さんのお父さんとお母さんは?」
「え? パパとママならそこにいますよ〜」
「……?」
この部屋の出入り口である襖の方を見てみると、生気のない着物を着た男女の大人が無表情でそこに立っていた。
「わぁ⁉︎」
私は堪らず大声を出して驚いてしまった。まるでその二人が生きていないかのような冷たさが感じられ、人形か何かのように思えたからだ。
「うふふふ〜二人とも恥ずかしがり屋さんなのでいつもこうなんですよ〜許してあげてくださいね〜」
「……え……あ、うん」
すると無口のまま二人は襖を閉じ、ここから離れていってしまった。