殺人鬼編 14話 勤勉な復讐者1
私──踏陰蘇芳は現在北陸に来ていた。
北陸といえば、現在の贄である漆我沙羅様の兄である紅蓮が頭領を務める『焔』の本拠地がある土地であった。だが、今回はその『焔』の調査任務などではなく、全く別の目的でここに来ていた。
そう、この北陸という土地には『ERG』を人の食糧に加工するための『工場』が幾つも点在しているのだ。
死喰いの樹が発生して以降、土地自体が少なくなり生き残っていた人類の食糧を賄うだけの自給力は無かった時代があった。その状況は以前から存在していた、人種差別・貧富の差・犯罪歴のあるものを差別する問題を助長する一因となり、その象徴として現在、関東圏が貧困層の人々が住み無法地帯となってしまった理由にもなっていた。
そこで発明された技術が『ERG』を炭水化物や石油等の燃料に変える技術だった。その技術が開発されると、徐々に貧富の差等の問題は少なくなっていったが、それでも関東圏が我々護衛軍の手の届かない無法地帯から変わることはなかった。理由は地上を通って関東圏へ行く事は『自殺志願者の楽園』を通過することになるため、援助物資を電車や自動車等を使い運ぶのは不可能であり、また海上にも感情生命体が出ることもある為船による運輸も数に限りがあったからである。
また空輸は例の通り、死喰いの樹の影響もあり『衝動』が発生している為存在自体が無かった。
話を戻すが、その現在のこの世界の生命線であるとも言える『工場』が樹教が発生させる蟲により襲撃を受けたとのことであった。報告があったのは全てが終わったあと。
今回の首謀は樹教だから一般人への被害は無いものとして、襲撃した筈の工場内部の機材等が何も損傷を受けていなかったことに引っかかりを覚えた。
「……ふぅー。なるほど、現場検証として私が呼ばれたってことか」
私の隣にはこの地区を担当している護衛軍の曹長がいる。彼は私の独り言に『はぁ……』と呟くと私の事を見た目で判断したのか、馬鹿にしたような態度で、案内を始めた。
年齢的に30代後半、護衛軍にしては年齢が上の割に階級が低い。前線で戦えるだけの戦闘能力が無いから、今まで大きな戦いに巻き込まれることもなく、出世が出来ないのは自分自身ではなく、仕事を回さない護衛軍が悪いんだと言っているようなタイプの人間だ。
曹長になれたということは多少、才能はあったのだろうがその分、人からそれ相応の反応を貰えなかったのがコンプレックスになったのだろう。周りに自分を認めてくれた人が居ない環境もやはり地獄なのだろうな。
歯痒くて、悔しくて、どうにもできない。
気持ちは大いに分かるが、私にとって彼の人柄なんて今さっき会ったばかりで知らない。もしかしたら、聖人君主なのかもしれないし、ただの捻くれた人間なのかもしれない。
だが今はそんな話関係ない。折り合いのつけられないものなのだから、折り合いのつけられないものらしく、ただ仕事がやりずらいな不快感と苛立ちを感じるだけだ。
とにもかくにもこれだけ人のことを考えても何にも良いことなんてない。ただ、深読みに深読みを重ねて自分の中で整理した言葉だけを伝えてしまえば相手を不快にさせるだけだ。
私でも分かってる。
私の頭の中で流れるこの厄介な思考は単なる特異能力による副作用と自己満足にしかならないものであると。
だから、私のこの態度を子供らしく表に出して、彼に対して怒るっても別にそれは間違ってはだろう。たとえ、子供っぽいと言われようとも実際にはこちらはまだランドセルを背負っていてもおかしくはない年頃だ。それに普通の人より感受性も高い分、私達、特異能力者はストレスも大いに感じやすくプライドもそれ相応に高いのだ。普段つるんでるような奴等がこんなことやってきたらキレるだろうな。
だが、怒るなんて真似はしない。
それは、自己の感情を他人にぶつけるような真似が子供らしいものだと思っているからではない。そもそも、そんなこと思ってすらいない。確かに立場は弁えているからこそこうなっているのであるが、これは私の生き方の問題なのだ。どうでも良い事を全力で考え、自己満足に浸るため私の『願い』なのだ。怒りなんてもので消化して良い感情じゃない。
だから私は下らない事に思考を費やし、プライドを守るためにこれまで考えてきた事を放棄し、顔を若干顰めながら、我慢しているように人らしく世間一般的から見ても『大人な対応』をする。
そして、私は彼の私に対する態度に関して適当に流して、彼に尋ねた。そうすると話の内容が、『工場』についてのものになった。
「それで、何か損傷を受けた部分や敵の痕跡はあるのか? 工場にいた人間は大量の数の蟲を見たと証言しているんだろ?」
「えぇ……まぁ、ハイ。主に工場の外壁が狙われていますねぇ。あと、従業員が少々蟲に刺された等怪我を負わされましたが……」
怪我人か……。やはり、何かおかしいな。樹教は護衛軍の人間以外の一般人を積極的に襲うようなことはしない筈だが。
「怪我人がいるなんて初めて聴いたぞ」
「聴かれなかったので。それに関係ないでしょ? 怪我人の有無なんて」
「……樹教はあくまでも表上、宗教団体の一種。人に危害なんて与えれば私達の粛清対象になりかねない。どうでも良いなんて事はないぞ。……たく、こんなことしでかしといて、樹教の奴ら潰されないと思ってるのか?」
一体、何が目的だ。
モミジとタクトの情報によれば樹教には『蟲』を操る特異能力者がいるという。ソイツがこの襲撃犯であれば、樹教が起こした事件であることは確定的だが、問題はそんな特異能力を持つようなヤツが、樹教の教えに背くようなことをするだろうか。特異能力を持っているだけで、樹教なら幹部の一人にでもなれるだろう。そんな立場の人間が護衛軍に真っ向から喧嘩をするような真似するだろうか。
私達護衛軍でさえ、特異能力者であれば目の前に居るようなバカじゃなれないような、准尉以上に配属される。それに特異能力者なら、これくらいのこと予想している筈。
もし今、護衛軍と樹教が全面戦争でもしようものなら勝つのは護衛軍側になるだろう。樹教側が止水題を殺害し戦線布告してなお、下手に護衛軍に対し直接強襲しなかったのがいい証拠で、戦力差が大きな要因となるが、やはり一番大きな要因は『筒美封藤』の存在。彼の存在一人で現在護衛軍に所属している特異能力者全員と吊り合うほどの戦闘能力という圧倒的さ。もう一度、樹教が何かやらかしたものなら、彼は孫娘を直接殺す事になったとしても何かしら行動は起こすだろう。
だからこそ、余計今樹教が護衛軍に喧嘩を売るような真似はしない筈であるのだ。
「……まぁいい。そうなったらそうなったらで、正面からぶっ潰せばいいだけだし」
「……っスゥ──ハァ……そうっすか。そうですね。おっしゃる通りでございますね、ハイ」
彼は半目で私の言葉に反応し、イライラしている様子であった。何をしたところで彼は私に怒りを覚えてしまうのは分かっていた。どうせこんなもんだろう。
「……それで、唯一破壊された外壁ってのはここでいいのか?」
周りを見渡すと見事に工場の外壁にのみ大きな穴が空いていた。工場の稼働には問題は無さそうだが、やはりそれならわざわざこんなことをした意味が分からない。
それに外壁はコンクリートで出来ている筈。それなのにこれだけの大穴が空いているが蟲じゃあそんな事は出来ないだろう。
「この穴を開けたのは蟲を操る特異能力者か?」
「いや、工場の従業員が目撃したのは蟲だけだそうです。周りにはそれらしき自分はおらず、穴が空いたのも何やら突然、蟲を中心に周囲から暗闇が壁めがけて襲い込み、穴が空いたとかなんとか」
「……ほう」
確実に蟲を操る範疇から逸脱している特異能力だ。敵は私のように複数持ちか……? それとも……タクトの報告によればソイツは他人の遺伝子を摂取することでその特異能力を蟲に付与ができるとも報告している。それがこの仕掛けか……?
だが、説明を聴く限り、外壁を破壊した特異能力は私の『陰影舞踏』に特徴がよく似ている。
もし、その能力が私から奪ったもので、私が知らず知らずのうちに蟲から遺伝子を採られていたのなら話は別だが、特異能力のお陰で睡眠をしなくても良い私に蟲に咬まれるような隙は無い。勿論、起きている時にそんなことされた憶えもない。
だが、一つだけ心当たりがある。特異能力を発現させる前の私なら、もしくは、私を特異能力者にしたヤツなら、全ての状況が一致する。
──『収集家』。
その正体も名も誰も知らない殺人鬼。両親と私の大切な人を私の目の前で殺し、片目を奪った張本人だ。




