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どうか、この世界を私たちに守らせてください。  作者: 華蘭蕉
Act five 第五幕 lunatic syndrome──『感情の希釈』
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殺人鬼編 13話 かくしごと4

 瑠璃るりくんがその言葉を発した瞬間、この部屋の空気が再び重くなったのを感じた。それは私が口を開こうとする素振りを見せることすらなかったからだ。


 口を開かないのは過去のことについて、自分の気持ちを未だに整理できていないから。瑠璃くんから感じる感情はは不満感、そして大きな疎外感だった。それもそうだった。私は彼との約束を破ろうとしているからだ。


「……」

「ねぇ……紅葉もみじ。僕はただ……君と一緒に生きていたいだけなんだよ……」

「ごめん……」

「謝らないでよッ! 君を責め立てたりなんてしてないから……紅葉には僕がそんな事するような酷いヤツに見えたってこと……?」


 涙目で彼は、私に訴えかけた。


「違うよ……。私は君のこと信頼してるし、大好きだし、良い子だし、困った時すごく頼りになるのだって分かってる」

「ならなんで……僕を頼ってくれないの?」

「私が君に隠し事をするのは、私自身が傷つくことも勿論怖いからなのだけど、それを君に言ってしまったら君をとても傷つけると思ってるの」


 私の表情は変わらない。だから、彼に私の感情を伝えるために声に必死さを乗せて伝える。


「僕が……傷つく? そんな事、あり得ないよ。君がどんな過去を持っていようと、どんな辛い状況に居たとしても、僕は君の力になりたいって思ってるんだよ」

「……」

「それこそ、僕が翠ちゃんにしているような特別扱いだって……紅葉にはしているつもりだし……紅葉はもう僕にとって家族みたいなものだから……それで僕が傷ついたとしても、僕は君を嫌いになる事は無いよ。なんなら、君がもし感情生命体エスターになったとしても僕は無理矢理にでも君を生かしてみせるから……」


 その言葉を聴いた瞬間、私は心の底から落胆した。彼は私の事、本当の意味で救う気はないのだと。この世で生き続けるという枷をどうしても私につけたいのだと。そう、彼の言葉を解釈した。


 だから私が彼に正体を明かした時、彼は間違いなく私を殺意と悪意を持って殺す。そう、確信できたのだ。


 私の本懐は叶わない。そう悟ってしまったのだ。


「……分かった。本当にいいんだよね? 私の身体から『自死欲タナトス』が出ている理由を教えても。それを教えても、君に私は救えないけど、それでも大丈夫?」


 今度は打って変わって、私は彼に辛辣な言葉を与えた。まるで、その時の私は心の底から嫌な笑みを浮かべているようだったのだろう。この時ばかりは自分が本当に酷い性格をしていると思った。


「え……?」


 私は瑠璃くんの返答を待たず口を開いた。


「私はどうやら特異能力エゴを使うと、副作用で『自死欲タナトス』が大量に身体で生産されるらしいんだよ。理由はこの状態の身体に他人の願い(エゴ)を詰め込んだから」


 私の口から出た言葉は全て本当のことであった。黄依きいちゃんと衿華えりかちゃんの特異能力エゴを得た時、私はそれに気付くことすら出来なかったが、今日黄依ちゃんの特異兵仗アイデンを使ったことで疑念が確信に変わった。


 私は特異能力エゴを使うと、猛烈な『希死念慮』に襲われるのだ。


 今まで生理現象としてそれが罪悪感や苛つきや鬱状態となり現れていたこと。感情生命体エスター達との戦闘後や蒲公英病の治療の際それらが兆候として現れていたことにすぐに気づく事は出来なかった。


 葉書はがきお姉ちゃんとの『同調アシミレーション』より地味で陰湿な嫌がらせのような副作用。その効果は絶大で、特異兵仗アイデンを通じることでよりその副作用も強くなってしまった。


「嘘……待って……そんな……事って」

「君は頭が良いもんね。もう全部理解しちゃったのかな? 一応、今のうちにフォローしておくと君はさ、一時的にもあの『希死念慮』っていう苦しみから私を救ってくれた。そのことに関しては凄く、凄く感謝してるんだ。ようやく私は救われたんだってあの時は思えたんだよ」


 瑠璃くんは信じられないと言ったかのような表情で私のことを直視できないでいた。


「僕はあの時確かに君からその苦しみを……二度と君が『希死念慮』なんて感じなくてもいいように、その感情を発する器官を永久に眠らせた……はず……だから……その筈なのに……蒲公英ダンデライオンの時……君が言った『殺して欲しい』っていう言葉の意味が分からなかったんだ……」


 それを聴き、私が表情まで失った原因に確信ができた。


「……ふーん。やっぱり、最初に私から感情を奪ったのは君だったんだ。まぁ、仕方ないよね。あの時、みんなこんなことになるなんて分かるはずなんてなかったし。私が辛いだけだから別に君に関係はないよ」

「……もう……いい……全部分かったから……これ以上は話さないで欲しい……」

「君から聴いてきたことでしょ? それに、それでも私は君を愛してあげようと思ってるんだから、ちゃんと責任持って最後まで聴いてよ。私だってこんな事君にしか言えないんだから」


 私は溜息を吐いた後、いつも通りひどい顔でこう彼に言った。


「お姉ちゃんの身体がお姉ちゃんのままだったのなら、今まで通り、自分を取り繕える位には辛くなかったはずなんだけどね」

「紅葉を一番苦しめていたのは僕だった……」

「遠周りに言えばそうなるのかな……」

「ごめん……なさい……」

「謝らないでよ。君を責め立ててるつもりは一切ないんだから、それとも私がそんな事するようなヤツに見えたの?」

「……え」

「君が最初に私へ向けて言った台詞でしょ? 次からは言葉が人にどんな感情を与えるか……もっと考えてから言葉を使おうね」


 そして、私は彼に近づき、彼をベッドの上へと引っ張って押し倒し、私がその上から被さるような体勢となった。


「それでも……君のことが大好きだから。愛してるから。そんな私が今とても苦しんでるの。だから、そんなわたしをいつか君に殺して欲しいの。勿論善意で。私の事好きなんでしょ? 私の事愛してるんでしょ? 私の事無茶苦茶にしたい位思ってるんでしょ」

「違う……違うよ……僕は……そんなつもりで君を」


 私は互いの目線がこれ以上外れないようにする為に、彼の顔に自身の顔をくっつけた。


「私を愛してくれた人は全員、私の為に私の人生をめちゃくちゃにしてくれたよ。葉書お姉ちゃんも衿華ちゃんも……」

「僕は君を救いたかった。君に生きていく喜びを知って欲しかった。ただ……本当にそれだけなんだ……だから……僕はあの二人のようにはできない……」

「君には結構期待してたんだ。この苦しみから解放してくれるのはやっぱり、この苦しみを知らない君だけなんだろうなって。私を一回救って、突き落として……こんな事されたら私……期待しちゃうじゃん」

「そんな……そんなつもりで君を助けた訳じゃないのに……」

「ふぅん、そうなんだ。まぁ君に私を殺して背負うであろう罪を抱える気が無いのなら、私はいつまでも我慢するから……ゆっくり進んでいこ?」


 私はそのまま彼の唇に口づけをする。


「もう……やめて。そんな理由で僕のこと好きにならないで」

「大好き。愛してる。今君にできる事が無いのなら、私を殺す代わりに私を翠ちゃんにするみたいに抱いて欲しいな。私は苦しみから解放されて、君は生きるための力を獲る。それが君の本質なら、私にも君にも得しかないことだし」


 私の本質を知ってしまったことで、瑠璃くんは涙を流し、それを私が優しく拭き取る。


「違う……違うんだよ……何もかも……僕は君を……」

「大丈夫。君は私をちゃんと愛してるから。だからこのまま、私に溺れて」


 …………

 ……


 ☆


 こうして夜は過ぎ去った。朝になって冷めた微熱は欠伸と共に放出されていく。


 あるものは自身の罪悪感の為に人を愛し、人に愛された。

 あるものは何かを得て、何かを失った。それは大切なものだったのかもしれない。


 私達の願いはこうして、壊れていく。

 愛という名の狂気の病に発症して。


 この戯曲の名は──『lunatic syndrome』。


 私の名前は竜胆りんどう柘榴ざくろ


 さぁ、早くこっちへおいで。みんなと一緒に踊りましょう?



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