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どうか、この世界を私たちに守らせてください。  作者: 華蘭蕉
Act five 第五幕 lunatic syndrome──『感情の希釈』
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殺人鬼編 10話 かくしごと1

「う…………ぁ」


 普通にしていれば何も音は聴こえてこない部屋の中。部屋の中に浸透する私──筒美つつみ紅葉もみじの吃音。


 上の部屋からは少し家具が軋む音と早まっていく二つの心臓の音。それに負けないくらいの粘性のある物体同士が触れ合っている音とそれに呼応し囁くような少女達の啼き声。


 そこでようやく自己嫌悪が沸いたところで自身の持つ力を扱う事を止めた。


「──ハァ……はぁ……はぁ」


 首を絞めていた自身の両手はベットの上で座っていた自身の身体に向かいそれを抓る。


 木霊する自分の呼吸音に願ったのは再燃したこの疾患の炎が私を燃やし尽くすこと。


「私……生きてる……」


 自然に出てしまった言葉に含めた感情は意外にも自分でも理解できるものではなかった。


 そして、急に出てきた脂汗と共に再び嘔吐感を催す体が足を即座に部屋を出て手洗い場へと運ばせる。この嘔吐感は先程自身の気持ちを落ち着かせる為に大量に水を飲んでしまったのが原因なのだろうか。


 手洗い場に着いた後は10分間にかけて水と血が混じった吐瀉物を徐々にそこへ溢した。幸いにも夕食を抜いていた為吐瀉物の中に固形物らしきものは見当たらず、薄い緋色の透明で水っぽい液体が排水口に流れて行ったのを見て後片付けの楽さに安心した。胃液もほとんど薄まっている為臭いもほとんど感じられず、人生でこれ程綺麗な嘔吐なんてしたことないと思いながらこの10分間を苦しみながら過ごした。


 胃の中身を全て吐き出した後、横の鏡には普段の人相に加えて顔色が悪く虚な目をした少女が写っていた。それを見てようやく我に返り、先程の言葉を訂正するようにしっかりと言葉を呟いた。


「……もう少しだったのに」


 そう言い鏡の中の少女を睨みつける。


 すると、彼女は逆に私を嘲笑するように哀れな目で見た。幻覚でも見ているのだろうか。


 きっとコレは私から全てを奪った、私が持つ『タナトス』へのイメージだったのだろう。


『本当は死にたくなんてないんでしょ?』


 だから、そういい私と同じ顔で気持ち悪く笑うソイツを、私は許すことが出来なかった。


 そして、その虚像の顔に私は握り拳で殴りつけた。だが、ひび割れたガラスのカケラ一つ一つにまたソイツが映り、一人一人違う言葉をは私に浴びせる。


『いっそのこと、最初から生まれて来なかった方が本当に良かったのに』


 その通りだ。私なんて生きていたって人に迷惑をかけるだけだ。だから、私は……


『本当に迷惑をかけるだけだと思っているの?』


 違う。私も人を殺してしまった。私も人から人生を奪ってしまったんだ。お父様を。葉書はがきお姉ちゃんを。衿華えりかちゃんを。はんちゃんやしゅうくんだって。


『なら、人を死に追いやった罪はどう贖えばいいと思う?』


 そう、私はずっと苦しみながら生きていく事が罪の償い方法だと思ってきた。だから私は人を殺した罪を背負って自らにDRAGドラッグという罰を与えた。出来るだけ私が苦しんで死ねるようにゆっくりとゆっくりと自分を自分で殺していった。


 だけどそれでソイツが私を許してくれることはなかった。


「お願い、どうか私を……」


 そう何かを言いかけた時、洗面所入ってきた瑠璃るりくんの存在に気付いた。


「……ただいま。紅葉」

「瑠璃……くん……?」


 膝をつく私に手を差し出して、真っ直ぐに私を見つめる彼は今にも泣き出しそうな位申し訳なさそうな表情をした。それでも、彼は声をしっかりと張ろうとし、私に弱いところをみせまいと落ち着いた口調で話す。


「怪我はない?」

「……うん」


 気付いた時には、鏡に写っていた私の姿はいつも通りの無表情のままであった。本当に良くないものでも見ていたのだろう。


「気付くのが遅くなっちゃったね。こんなになるまで……僕は君を……」

「違うの! 瑠璃くん! コレは……」


 私は言葉に吃り、彼の視線から目を逸らす。いつも通り、彼には何も本当のことを言えないでいた。私の罪悪感がその行動を優先させてしまったのが原因だった。


「……っ」

「君からちゃんと言ってくれないと、僕は何もしてあげられないよ?」


 瑠璃くんは私に差し出した手を割れた鏡の方に翳して、特異能力エゴを使い、鏡を元に戻した。


「それはそうなんだけど……」

「何か隠したい事がある。その気持ちは分かるよ。僕だって君に隠し事をしてる。なにも全部包み隠さずに言って欲しいなんて言ってない」


 彼の目からは涙が一雫溢れ、それでもそれを否定しながら今にも嗚咽混じりになりそうな声を落ち着けて私に話しかける。


「でも、君が憔悴していく姿なんて見たくない。君が僕を頼らないのは僕が頼りないからなんだろうけど……でも……だからこそ僕は……君の力になりたいよ」


 こんなにも、一生懸命になって、初めて見る涙まで流して。どうして、彼は私なんかの為にここまで想ってくれるのだろうか。


「ありがとう。だけど……私は……」

「大丈夫……分かったよ。紅葉だけ一方的に秘密を話すなんて嫌だよね。だからさ、聴いて。僕が皆んなに隠してた事。それを話したら今君がなんでそれだけ苦しんでいるかを話してくれないかな?」


 正直、瑠璃くんの秘密なんて、私の気持ちを変える事にはならないと思った。だけど、私の考えや隠し事を言う事は彼をとても傷つけてしまう事で、私はちゃんと聴くことにした。


 瑠璃くんの好意に私はちゃんと応えたかったから。

 私も瑠璃くんの事がちゃんと好きだから。


 人としての矜持が私にはあったから……


「……うん。約束するよ」

「それじゃあ、聴いてね。これは僕の話でもあるんだけど、すいちゃんの正体の話でもあるから……。他言無用にね」

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