殺人鬼編 2話 特異兵仗2
「浅葱氷華旅団長……確かに彼ならどんな状況でも何とかして頂けるかと思いますわ」
浅葱氷華旅団長……天照大将補の夫にして、現在生きている中では最強との呼び声の高い特異能力者だ。
「そうね。でも、もし後手に回ってしまえば私達は大打撃を受ける事になるわ。そうならない為にもこの状況が分かった今、彼を本部へ招集するべきだと思うの」
「問題は彼がそれに応えてくれるかですわね……」
「一応、今は北海道の方にいるらしいわよ。蟲型の感情生命体が大量に発生しているみたいで、その処理をしているらしいわ」
蟲型の感情生命体──以前、紅葉さんから報告のあった樹教の特異能力者によるものだろうか。
「それも樹教によるものだと思いますわ。これだと数週間は浅葱旅団長は本部への帰還は無理そうですね。そうなると現在の此方の主力戦力は天照大将補、泉沢大将補、所一佐、蘇芳さん、筒美さん、霧咲さん、私、白夜さん、翠さん、瑠璃さんといったところですわね」
「やってやれないことは無いって感じの面子よね。……そういえば、黄依ちゃんの特異兵仗、完成したのよね。それなら、戦力としては申し分ないんじゃないかしら?」
特異兵仗──特異能力者専用に作られた、特異能力を強化する武装全般を指すもの。それがつい先月、私の相棒である霧咲さんに贈られたのである。それを作ったのは白夜さんの妹さんである朝柊さん。
威力は絶大で、特異能力はその性質上使うと筒美流奥義以上に体力の消耗をしてしまう。それを改善してくれるのが特異兵仗という訳で、現在それを所持しているのは浅葱旅団長、天照大将補佐、泉沢大将補佐、蘇芳さん、翠さん、白夜さん、霧咲さん、そして現在はもう護衛軍をやめてしまった瑠璃さんや翠さんの実姉──紫苑さんの8人であった。
「今、私の特異兵仗が作られているようで、前々から計画をしていたので、すぐに完成するそうですわよ」
「早いわね。朝柊ちゃんも特異兵仗を作るのに慣れてきたみたいね。このまま、良いペースで量産できるで良いのだけど」
「そうですわね。あっそういえば、出張から帰ってきたら朝柊さんと特異兵仗についてお話があるんでしたわ。樹教の件はまた明日通常任務が終わったらお話を詰めましょうか」
私は朝柊さんとの約束を思い出し、現在の報告はまた別の機会にしようと提案する。
「そうね。特異兵仗が増えれば増えるほど、私達の戦力も比例的に上がるから、そちらを優先させなさい」
「ありがとうございます。では、お先に失礼いたしますわ」
私はお辞儀をした後、部屋を後にし寮の方へ向かう。朝柊さんはいつも自分の部屋の中で特異兵仗を開発しており、ずっと引きこもっている為、護衛軍の本部棟である此方の建物にはほとんど顔を出さないのであった。安全面の問題でもそちらの方がいいのではあるが、それに拍車が掛かって朝柊さんは仲の良い人や興味の惹かれない人以外は人見知りになってしまい、あまり社交的な人間では無くなってしまった。
だから、こうして彼女の部屋へ直接行かなければいけないのである。
だが、珍しく寮に着くと玄関から出ようとしている朝柊さんを発見した。
「朝柊さん? それにきい……霧咲さんや筒美さんもどうしたんですの? お出かけですの?」
私は慌てて霧咲さんの名前を言い直す。
「あっ薔薇ちゃんだ!」
「……おかえり、薔薇」
筒美さんは何かを察してくれたのか、触れないようにしてくれていたが、霧咲さんは顔を少し赤くさせ、恥ずかしそうに不機嫌そうに呟いたのだった。
「薔薇さん今日帰ってくる予定だったっけ? 申し訳ないっす。ちょっと急な用事が入っちゃって……」
朝柊さんは玄関に座り自身の義足を調整しながら、申し訳なさそうに言う。
「いえいえ、大丈夫ですわよ。ところで、珍しいですわね。外での用事なんて」
「あーえっと、ならついでに薔薇さんにも来てもらおうかな」
「良いですけど、何かあったんですの?」
すると朝柊さんはズレた眼鏡をくいっと上げ、私に話した。
「緊急事態っす。黄依さんの特異兵仗が紅葉さんにも使えるみたいで、私も予想だにしてなかったんで今から検証っすね」
通常、特異兵仗はその人専用に作られたものである。そのため他人には使えるはず無いのであるが、紅葉さんは黄依さんと同じ特異能力を持っている。本来状況として有り得ない事が起きている為、今から検証という訳だろう。
「成程……それは興味深いですわね。ご一緒してもよろしくて?」




