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どうか、この世界を私たちに守らせてください。  作者: 華蘭蕉
Act five 第五幕 lunatic syndrome──『感情の希釈』
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プロローグ デストルドーの恵投16

 顔の上から吊るすように私はまず表面の感触を舌で確認する。生ぬるいが甘く、それは生の感触の肉ではなく果実の実の部分を直接舐めるようなぶつぶつとした食感と活力に溢れるような感覚が体の内側から溢れ出る。


 これが柘榴ざくろが普段から感じていた感覚だとすれば彼女がああいう風な性格で、あれだけの特異能力エゴを同時に使用できる事にも合点がいった。


「緋くて甘い……そして美味しい……もっと……!」


 私はその心臓をまるで付き合いたての恋人の唇へ軽く啄むようにキスをした。そして、啄むたびに舌で少しずつ肉を削っていく。つぶつぶとした食感と触れる度に噴き出す甘さが絡み合いこの世のものとは思えないほどの美味しさを生み出す。


 これはくれない様の血を頂いた時と同じ、いやそれをより濃くより深くした感覚に近いのだろう。


 そんな、温かい感覚が私を包み込んだ。


「これなら私を満たしてくれる」


 私を突き動かす暴食という願望は食えども食えども心の中が満たされない『飢え』というものと本質的に一緒であった。様々なモノを食べても食べても、私の心を満たしてくれるモノは無く、腹は膨れても心は満たされる事はなかった。でも一時的に闘いやそれに勝つための訓練、紅様や茉莉花まつりかお姉ちゃんの存在はこの飢えを忘れさせてくれた。


 その感情は筒美つつみ紅葉もみじでいうところの『自死欲タナトス』に似た感情で私を苦しめ続けるモノだった。


 そこからようやく解放されると考えると私は高笑いをせずにはいられなかった。


「アハハハハハハハハハ!」


 最初はただ柘榴ざくろ特異能力エゴを奪うだけが目的だった。てっきりそれが彼女の言う幸せに繋がる行為なのだと勝手に理解していた。だが現実は違い、ここまでに至る迄の経過が重要だったのだ。


 自分から気分が高揚する事も、他人の肉が美味いと感じた事も、これから満たされようとしている自分も初めてだった。


 満たされたのならどうなるのだろうか。そんな漠然とした快感に包まれながら私はこの実をより多く食べるために大きく口を開けた。


 そして口が実に触れると同時に歯で肉を抉り取った。瞬間口の中で溶けて広がるような食感と立てなくなりそうになるほどの甘酸っぱさの暴力が私の意識を飛ばしかけた。


 そして、ありとあらゆる柘榴に関する感情が、情報が私の身体全身に広がった。


「貴女が……アナタが私を満足させることのできる味だったんだ」


 同じように何度も何度も実を齧りとる。その度に体温と興奮と幸せが上がっていくように感じた。


 今なら分かる……アナタがしたかったこと。私に命を渡してでも行いたかった事。


 それは……


「他人を本当の意味で理解すること。自我を他人の感情で希釈すること。その末に自己と他人の境界線を曖昧にすること。アナタは自分を理解してもらう為に他人と混ざり合い……そして……」


 今、アナタはワタシになり、ワタシはアナタになった。


「アハハハ……うふふふふふふ」


 それが私の『空腹』を満たす条件にもなった。


 もう、満たされてしまったこの感情は、この罪は私の新しい願い(エゴ)となった。


「アナタと一つになれるのなら、こんな幸せはないわ」


『ザクロの実』をすべて食べた私は満足そうに、死んでしまった柘榴の身体を見たあとに楽しい事を思いつき、空いてしまった胸の穴へ私の蟲達を入り込ませる。


『『汝の隣人を愛せよ(ラヴマイエネミー)』──『死体操作マリオネットコープス』』


 すると死体となった柘榴ざくろの身体はピクリとひとりでに動き出し、肉体が私の蟲達を取り込んで心臓の再生を急速に始めた。


 そして、心臓が血液を動かすための形が出来上がると彼女は目を開けすぐにコチラを向いた。


 あいも変わらずに彼女は私に微笑む。まるで何事も無かったかのように、こうなってしまった事が決まっていた事のように。自分が死んでしまった事なんて忘れてしまったかのように。


 だが、ひとつだけ彼女とのやり取りで変わった部分があった。それは、私もそれに応え彼女に微笑み返したこと。


 私もアナタの復活を望んでいたから。アナタともう一度お話したい。身体に触れたい。赦されるならもっともっとアナタのことを知りたい。そんな感情が思わず表情に漏れてしまったのだろう。


 そして、ついに柘榴は私に口を開いた。


「お味は如何でしたか〜?」


 嬉しそうに彼女は聴く。彼女にとっては、再びこの世に生を受けた時点で私の答えなんてわかっている癖になんて回りくどいのだろうか。いや周りくどいからこそ、その答えを直接私の声として出力して欲しいのだろう。


 私はできるだけの笑顔で彼女に微笑みながら言う。


「えぇ……とても美味しかったわ。アナタの味を知ってしまえば他のものが霞んでしまいそうになるくらい……」


 すると彼女は起き上がり、恋人繋ぎのような手の握り方で私の片手を握ってきた。そして、空いた片手は私の頬へと優しく触れたのだった。


「……どうしたの?」

「そうですね〜。口にてらてらと血がついていて綺麗だったので見つめてしまったんです〜ほら、私の血これからもいっぱい飲んでくださいね〜それに……」


 彼女は私の口についた血を指で拭い私の口の中に入れてその血を私に舐めさせた。その後、指についた私の唾液を今度は彼女が舌で拭うようにして舐めた。


「それに……?」


 ちゅぷ、と口が指から離れると今度は彼女は自身の瞳の中にある髑髏の模様を指で指した。


「この模様、お揃いですね〜。アナタには両目とも刻まれたんですね。今の私を元にした筈だから浮き出てきても片目だけだと思ったのですが……なるほど……死神さまから貰った遺伝子が私と反応して昔の私みたいになったんですね〜」


 私が彼女と同じになってくれた事が嬉しかったのか、とても興奮した声で彼女は言った。確かに実を食べてからは少し目に熱が篭ったような感覚がする。


「……この模様一体何?」

「よく分からないです〜。私のやつは単純にナイフでつけた傷ですからね〜。でも一応名前はあってこの模様の事は『デストルドーの恵投』って呼んでます〜」


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