プロローグ デストルドーの恵投12
ふわりと甘酸っぱい果実のような香りと共に柘榴の口から零れ落ちたのは特異能力を冠する名。
『──汝の隣人を愛せよ』
それが彼女本来の特異能力だった。
そしてその性質が接敵する前に私の位置と特異能力を割り出した超感覚の特異能力だという事が分かると共に、柘榴を柘榴たらしめる能力でもある事を直感的に理解した。
瞬間、私は自身の身体を小さな蟲に分解して彼女の抱擁から逃れる。同時に分身体となった数多くの蟲を『シャドウ』が叩き落としたが、それが結論的に私を傷つけるような攻撃にはならなかった。
「あらら〜逃げられちゃいましたね〜それに……」
『半感情生命体化』を行った私の身体はまるで人のそれではないかのように蟲達の集合体から再び一つの塊となり、蟲と人が合わさったような先程の不完全な人型の容姿へと戻る。
それは既に私は彼女に対してこちらの持っている能力を使用したからであり、その目的を達成したからであった。
「アナタの蟲に触れられてしまいました〜」
危機的状況だというのにも関わらず柘榴は表情を変えず笑顔のまま、これから自身の身に対して何が起こるかという事を期待し嬉しそうに声をあげていた。
そして、彼女は自分の身体から虫へと繋がっている糸を見るとうっとりとした表情で此方を見つめた。
「この糸……危険ですね〜」
瞬時に彼女は『シャドウ』により繋がった糸を切ろうとする。しかし、鋭利な刃物状に作られた『シャドウ』をまるで受け止めるかの如くその糸は強靭に跳ね返す。
「硬いですね〜。十中八九、さっきの蟲に触れられたのが原因だと思いますが……ふふふふふ、まさか『シャドウ』よりも軽くて硬い物質を作り出すなんて、すごいですね〜」
この糸の正体は私の服を作った糸と同じもの。つまり『マルベリィ』の特異能力によって出来た絶対に切れない糸であった。
そして私が彼女にこれを取り付けた理由は……
「気に入ったわ。貴女のこと。寝ている間に全て終わらせてあげる。私達の仲間にならないかしら?」
瞬間、柘榴は昏倒し体を地面にぶつけた。
──『強制睡眠』。他人に触れれば触れるだけその脳の働きを疲労と眠気で阻害させる。今回の場合は糸との合わせ技で直接触れずに糸越しでこの能力を持つ『いぇん』の遺伝子を持った虫を繋げていた。
本来なら一瞬触れただけでも、何時間も人体を睡眠状態へと誘う特異能力。それを数秒間触れた。必然として柘榴は数日間は動けなくなる。
が、しかし地面に突っ伏した彼女の身体は止まってなどいなかった。第一、虫から能力を発動させていたのに数秒間それに耐え、抵抗し糸を切ろうとした時点で可笑しかったのだ。
『なるほど。『死体操作』によって睡眠状態でも己の四肢を動かすのか……厄介ね。だけど、特異能力の多重使用……発動自体にかなりの体力を使わなければいけない。柘榴の表情に一切の苦痛は現れないが呼吸の回数が多くなってる。疲れている証拠だ。そして、その隙を縫えば他者の特異能力を完全な状態で再現出来たとしても捉えることは可能だ』
それに彼女も『いぇん』の能力をもっているのだから『強制睡眠』を持っている。もし、それも使ってこちらの攻撃を打ち消しているのなら、脳のリソースと限りある体力をそちらへ割いていることとなる。
おそらく『知能向上』で補助はしていても柘榴が同時に使用できる特異能力は多くても4つか5つ。それ以上は仮に幾ら相手が無尽蔵なエネルギーを持つ筒美紅葉のような死喰いの樹と繋がっている特殊体質であったとしても不可能だ。
つまりは『人格形成』、『強制睡眠』、『死体操作』、『知能向上』。この4つの特異能力で私の『強制睡眠』を対策しているせいで他の能力が彼女にとって使えない状況である。
そして、私が一番危惧していたのは、『love my enemy』と『知能向上』、『人格形成』、そして『調和』この4つの同時使用により私の行動を完全に予測をされること。
完全に未知な能力を使われることも脅威ではあるが、それも完全予測もたった一つ柘榴の行動を制限する為に特異能力を使わせれば、即詰みとなるような事態は避けられる。
理由は彼女は他者の能力を使う為に幾つかの決まり事があるからだ。現段階で私がまだ戦えているのには幾つか理由があり、彼女の能力の性質もその内の一つのはずだ。
そして、もし柘榴が他者の能力を使用する場合、使用できるであろう4つか5つの特異能力のセッティングの中に『人格形成』と『死体操作』を入れなければいけないという決まりがある。
理由は単純で『人格形成』の役割はその特異能力を持った特異能力者の人格を理解しなければ発動が不完全になるという前提から来ているからだ。




