第一幕 20話 色絵青磁について
「久しぶり、切手兄さん。」
私、筒美紅葉は機関から帰って来た後、護衛軍本部に隣接している病院のとある一室にいた。目の前には、髪でクマのできた目を隠して白衣を着て、いかにも性格が陰湿そうな顔をした二十代前半の男がいた。
「あぁ、久しぶり。まさか俺様の元に訪ねて来るなんてな。お前には葉書の件で嫌われていると思っていたぜ。それと、もうその名前は名乗れ無い言っただろ? お前との関係性を知られたら俺様と爺さんの首が飛ぶよ。だから俺様は研究者、お前はただの研究対象」
「あっそ。色絵青磁先生。」
そう、彼は色絵家の長男、翠ちゃんの兄、色絵青磁だった。彼は特異能力者にして、特異能力者の研究者となった特殊な経歴の持ち主で、特異能力を強化させる薬『DRAG』にも関わっていた。
「術後の経過はどうだ? 自死欲の衝動は? 」
「最低。毎日死にたくてしょうがない。今日解放した後は本当にキツかった。」
「あは、昔から相変わらずお前らしい。初めて見た時から変わって無いんじゃないか? その無表情な顔と短い会話。本当はそうなのに彼女達の前では葉書の真似をしているんだ。健気だなぁ、そんな事して贖罪出来ると思うのかい?」
ニタァとした嫌味たらしい愉悦に浸った顔で私を見下してくる。恐らく彼女達というのは黄依ちゃんや衿華ちゃん、その他周りの人間の事だろう。
「うるさい。」
「お前のその姿を知ったらどう思うんだろうねぇ彼女達」
「この腐れ外道……」
心の底からそんな感情にならないが、この外道にはかけるべき言葉だろう。
「ハハァッ! そうさ、俺様達は外道なんだよ! ところでなんの用だ?」
「今日機関に行ったら、翠ちゃんに過去を教えろって言われた」
しばらく、彼は固まった後、腹を抱えて、机を叩きながら吹き出す。
「お前にィ!? 翠がぁ? 傑作だなぁオイ! 一体どんな事したらそうなったんだぁ!?」
「別に。瑠璃くんに会ってみたいって頼んだだけ。」
どうでもいい事だったので素っ気ない返事をする。
「瑠璃か。お前も妙なのに目をつけたな。んで、用は何すりゃいいんだ?」
「あの子達に『筒美紅葉』の事教えてくれない?」
「お前が教えればいいだろ……めんどくせぇ。今俺様は過労死寸前なんだよ。そのうち死喰い樹の『おてて』が迎えに来てくれるんじゃねえか?」
彼が前髪をあげると遠くから見ても分かるくらいのクマが見えた。寝ていないのだろうか。
「大丈夫?」
「……俺様に心配だと? お前本当どういう神経したんだよ、気持ち悪いな。んな事より、お前葉書の事誰かには言ったのか?」
「衿華ちゃんには話した。余計懐かれたけど。」
「良かったじゃねえか。お前が望んでた事だろう? 人から好かれる気分はどうだ?」
「……」
何も答えられない。何も答える気が起きない
「自分の事が気色悪くてしょうがないんだろ? 相手から好かれる事で自分の事も好きになるかもしれないって思ってたけどそんな事無かったみたいだな。それとも、そんな気色悪い自分の姿を葉書に重ねて失望でもしたか?」
「違う……お姉ちゃんは関係無い!」
お姉ちゃんの事を馬鹿にされた私は壁を手で殴る。かなり手加減はするが、せめて彼が顰蹙するくらいの音は出せただろう。
「何やってんだばーか。全然感情こもってねーじゃねえか。演技してるのバレバレなんだよ」
「チッ……黙ってよ。あなたもでしょ。」
「は? 俺様は事実言っただけだろうが。暴力に訴えるなら帰れ、人格破綻者が。それは俺様の土俵じゃねえんだよ」
正論であった。それ故に私を容赦なく貫く言葉ばかりだった。
「ごめん。でも、私に協力して。これはあなたが協力してくれれば都合のいい事なの。」
「はぁ……しゃーねえな。何時にどこに行けばいい?」
「つるま公園に午後8時」
「チッ一時間後かよ。分かったよ」
彼は本当にめんどくさそうに腕時計を確認しながら言う。
「あっそうだお前、蕗衿華と霧咲黄依の身体の一部とって来たか?」
「えぇ。」
「ってことは二人の本質は分かったか?」
「衿華ちゃんは『憧憬』。黄依ちゃんは『依存』。」
私は衿華ちゃんの唾液の入った袋と黄依ちゃんの髪の毛の入った袋をポケットから出す。
「衿華ちゃんの媒介は検討が付かなかったからキスをした時採取したものだよ。私の唾液も入ってるから気をつけてね。あと、黄依ちゃんの媒介は髪の毛が良いと思う。」
「霧咲黄依は外国人との混血だったな。髪の毛は種族の違いの象徴にもなるそれで良いかもな。あーでも、お前の唾液に触れるのは勘弁だわ」
嫌そうな顔をして此方を見る。
「まぁでも、他人の髪の毛とか唾液を食うのはお前か。その辺は不純物取り除いて、ちゃんとした味のあるものにして作ってやるよ」
「別に抵抗感はないからそんな事しなくていいよ。」
「お前やっぱ、気持ち悪いな。加工しとくわ。渡すの後日な」
「チッ……」
彼に二つの袋を渡した。
彼は手を消毒し、袋を開けて嫌そうな顔をしながら、それらに触れる。
「『真の存在』ーー拡張しろ。その自我を」
周りの空気が彼に集まり、異質存在感がその二つに漂う。青磁はその二つから手を離すと、また消毒をした。
「作ったぞ、『DRAG』。いやぁ、久しぶりだったぜ。最近は『特異兵仗』が開発されちまったせいで作ること少なかったんだよ」
「『DRAG』なんて無くなれ良いのに。」
「そう言って皆んな、これを使うんだぜ? 馬鹿だなぁ人間って」
彼は唾液と髪の毛を小さい瓶に入れた。
「用は済んだから帰っていいぞ」
「……8時につるま公園だからね?」
「わーてっるよ! 知ってること何度も聞かせんな。さっさと帰れ馬鹿」
そう言われたので、私は振り返って部屋を出ようとすると花の香りがした。
「ん……ジャスミン? 花でも育ててるの?」
「うっせーよ。俺様にはそんな趣味微塵もねえよ。さっさと帰れ」
「あっそ。じゃあね」
私は部屋を出た。
◇◇◇
紅葉が部屋から出たすぐの事であった。俺様、色絵青磁は部屋にある花、先程紅葉に気付かれかけたジャスミンに話かけた。
「たく、お前もお前で馬鹿なんじゃねえか? 樹教の茉莉花さんよぉ」
すると、花が動き出し、恥ずかしい格好をし、ギブソンタックの髪型をした痴女が出てきた。
「あははーごめんって。私の特異能力こういう隠れるのとかに不向きだからさぁー」
彼女は腕から植物をだし自分の能力をアピールしていた。
「ところで、さっきの子が例の?」
「あぁ……そうだ。俺が樹教に通じている事、彼女にだけはバレるなよ。あれでも爺さんの弟子だ。戦闘になればお前は不利だぞ?」
ため息をつきながら言う。
「はいはい、だから全身植物化なんてしたんですぅー。それでさ、香宮洪の『DRAG』取りに来たんだけど」
「おら、これだよ」
薬の入った袋を投げ渡す。
「おぉ! ありがとー。でさ、これを渡したって事は完全に護衛軍を裏切って潜入調査をやってくれるって事でいいんだよね?」
「あぁ。俺様もそろそろこの世界に絶望してきたんだよ。何が悲しくてこの世界の秩序を維持する必要がある?」
俺様がこの台詞を吐くとニヤリと彼女は笑う。
「あははー君もやさぐれてるねー。どう? 一回、無料で抱いてあげようか?」
「気持ち悪いな、お前」
性欲か、湧かねえな、そんなもん。恋だとか愛だとかに夢見た馬鹿それをして、夢を無くして壊れるだけのもんだ。姉さんみたいに。
「そう言うと思ったよー。私もあなたを抱くのは無理かなー。つうか、男とはもうしたくない。あっそうだ、さっきの子は抱いてあげたいかなー」
「どいつもこいつも同性愛……お前らそんなに性欲を満たしたいのか?」
「だって女の子は可愛いし、一人でいると寂しいんだもーん」
「クソビッチが」
「あははっー!私から見ればあなたはクソ陰キャだけどね!」
こっちを見てくすくすと笑ってくる。何分、彼女がかなりの美人だから少し傷つく。これだから、女の特異能力者は嫌いなんだ。
「こいつは一本取られたわ。人に悪口は言うもんじゃねえな」
「分ったならよろしい。ところで、次のターゲット誰が良いと思う?」
髪をかき分けながら彼女は俺様に聞いてくる。
「お前らが感情生命体にしたいって言ってた奴の媒介をいくつか手に入れた」
「ありがとうー。じゃあその『DRAG』分けてくれるかしら?」
「あぁ、この能力を全て紅葉に渡すのは厄介だ」
瓶に入れた媒介の半分をすぐさま加工し茉莉花に渡した。
「分かってはいるとは思うが紅葉が特別なだけで『DRAG』は本人じゃないと使えないからな」
「えぇ、分かってるわよー。あくまでも私達の今回の計画は彼女を味方にすることだから」
「相変わらず、汚い手を使うんだな」
「えぇ、私たちは人類を救う為に行動するのよ。過程なんかに構ってられないわ」
なるほどな、それが樹教の目的か。それなら俺様は今の立ち位置で良い。あくまでも、樹教のスパイを続けよう。