プロローグ デストルドーの恵投6
密会から数日後、私は例の殺人感情生命体──通称『収集家』が出没する地域を回っていた。
北海道、東北、関東、北陸、東海、関西、中国、四国、九州その何処にでも現れるという感情生命体は恐らく『いぇん』のような瞬間移動をする特異能力を持っていると思われる。
その名通り趣味は人間を殺す事、そして気まぐれに身体の一部を切り取って人体を収集する事を生き甲斐としているらしい。その被害は特異能力者だけでなく一般人を含めた非特異能力者へと無差別に行われ、彼とも彼女とも言えないその生物と関わった人間は殆どが死んでいた。
『いぇん』の調べによると、あくまでも殺しがメインらしく、ほとんどの場合特異能力者であっても『収集家』に一部の部品も消えずに惨殺されているらしい。だが、『収集家』としての生業の方の対象は全て特異能力者に限るらしい。
問題はその肉体をどのように使っているのか。
通常、使い道の無いそれらはすぐに『死喰い樹の腕』によって回収されてしまう為、『収集家』にとって何かの憂さ晴らしの為に使われているのだろうか。
『収集家』が『殺人欲求』の感情生命体であればそういうこともあり得るだろう。
が、問題は身体を切り取られた側の人間が全て生きていることと、切り取られた部位が死喰い樹上でも見つからないという情報があること。
事実上、これまで死体や生きている人間から切り取られた肉体の一部は例外はあれど全て5分もしない内に死喰い樹の腕により回収される。
それを回避するとなると方法は二つ。
一つ目は肉体の物理的排除である。
前提として死喰い樹の腕が生物の肉体を回収するにはその生物が死ななくてはならない。つまり、再生機構のある感情生命体はその限界値に達しない限り、不死身となる存在となるのであるが、その感情生命体でさえ、神経伝達系を切断されればその切れた先はただと肉塊となる。その為、不死身とされる感情生命体を殺すにはその全ての肉塊を死喰い樹の腕の捕縛対象にすれば駆逐は可能なのである。同様に再生機構すらない人間は例えば心臓に穴が開くことや、出血多量で瀕死になるだけでも死喰い樹の腕の捕縛対象となり得る。
だが、身体の全てを崩壊させる爆破事故などに巻き込まれた即死であった場合には死喰いの樹は反応してするのだろうか。
答えは是である。だがしかし、回収前に肉体が消滅する為、死喰い樹の腕の挙動は塵となった肉体の周りを遠くから散策し回収不可能と見ると撤退を始める。
その為、死喰いの樹に死体、またはその一部が存在しないとなるとその可能性が一番大きくなるのである。
これが所謂、紅様の血族である『消失』の特異能力が死の不可避の特性を持つ理由である。同様に、用途は異なってくるが水仙薔薇ちゃんの特異能力でも同じ事が可能で、それは『恐怖』や『蒲公英』の婢僕との闘いを観察していれば分かった事であった。
そして、二つ目の回避方法は特異能力または衝動による死体の所有者を己に書き換える行為である。
これまで見られてきた例には、鎌柄鶏による食人行動・操白夜による死体の加工・色絵瑠璃ちゃんによる『生存欲』の偽造である。
また、超例外なものとして臓器移植で唯一『自死欲』と調和した筒美紅葉という例もあるが、アレは彼女が樹の贄の適正が高かった恩恵の様なものである為、通常では臓器移植という行為そのもの自体、死喰い樹の腕から逃れる方法ではなく、より近づけるものなのである。
以上の話を纏めると『収集家』は恐らく被害者から切り取った肉体の一部を特異能力を用いて保存している可能性があるというわけだ。そして、『収集家』の被害者の中には操白夜もいる。もしも、それを利用することができるのであれば……
だが、万全を帰せば負けることはない相手であるということには変わりはない。
現在、私が蟲に付与できる特異能力は紅様、『いぇん』、茉莉花お姉ちゃん、それに新人ちゃん……『マルベリィ』の物である。特に紅様の特異能力はその場に居るだけで感情生命体支配するもの。
私の能力の性質上、オリジナルの物より数段威力は落ちてしまうが、数秒間相手の動きを止めるほどの威力はある為、この特異能力一つで完封できる相手であると思う。なるべくなら、この戦いには使わず量産したい能力ではある為使用するのはここぞという時がいいだろう。
さらに『いぇん』の能力でかなり離れた距離の瞬間移動も可能な為、もし相手が格上だとしても逃げる事ができるし、もう一つの能力を使えば相手を無力化できる。
こっちが不利な状況に引き摺られなければ勝てる相手。だからこそ、慢心は駄目だ。それで筒美葉書には負けた為、出来れば全てを相手に悟られる前に決着させたい。
だから、私はまず奴の足取りを掴まなければいけない。




