第一幕 19話 色絵翠と瑠璃について
私の名前は色絵翠。200年前、自死欲の感情生命体が発生した際、その封印で活躍した『色絵家』。その直系の次女として私は生まれた。
優秀な姉兄、紫苑ねーさんと青磁にーさん、あとは紫苑ねーさんから禍患と呼ばれた私の双子の弟、瑠璃くん。四人兄弟、私以外非常に優秀な才能に恵まれていた。だからなのだろうか、私は自分が強くあるべきだずっと考えていた。天賦の才はきっと私にもあった。そのお陰で私は機関では踏陰蘇芳ちゃんがいた時を除いて一位でいる事ができた。だけど、世の中には運命だとか理不尽だとかそういう物を体現している人達がいた。
私の家族、特に双子の弟……瑠璃くんはまさにそういう存在だった。
今でもたまに彼の事を弟と表現する事が出来なくなる事がある。家族としてそれは有っては駄目な事だと分かっているし、彼の事をこの世の誰よりも愛しているのにも関わらず口が抵抗感を覚えるのだった。
端的に言えば瑠璃くん自身が男性なのか、女性なのか、そして人間なのかという疑問が湧いてしまうのだ。会う度に変わる容姿、例えばさっきまでショートカットだった髪が伸びて気付いた時には背中を覆う程の物になっていたり、昨日まで体格が少年のそれだった物が翌日には胸が膨らみかけている少女のような身体になっている時だってあった。更に特異能力が暴走して人間の形すら保てていない、まるでドロドロに溶けた肉の塊になっている時もあった。
瑠璃くんの正体が分かったのは10年前。
死喰いの樹に捧げられる先代の贄、忌まわしき旧支配者と同じ名前を持つ『漆我紅』が、樹の妄念に取り憑かれて人間の身でありながら感情生命体に近しい存在になり彼女自身の父親や優秀な特異能力者を殺害した事件。そうつまりはこの事件で初めて明確に人が感情生命体になった事が分かったのだった。
そして、これ以上の詳細は私も全く知らず、ただ私達の両親もこの事件で殉職し、その時に付いて行った青磁にーさんも行方不明になったという事をその時唯一帰って来た紫苑ねーさんに教えられた。
両親が死んだ事は勿論寂しかった。
しかし、それ以上に瑠璃くんが両親を殺した生物と同じ、感情生命体かもしれないという事を言われた私達を傷つけた。
そう、人間が感情生命体になれるという事は瑠璃くんが人間ではない証明になったのだ。瑠璃くんの逸脱した特異能力、莫大な量の特異DAYN。それが感情生命体と同義されたのだった。
しかし家族を失っても、当時18才だった紫苑ねーさん、そして紫苑ねーさんとお付き合いしていた止水題にーさんが献身的に瑠璃くんの面倒を見てくれていた。
私も見よう見真似で瑠璃くんに何か教えたり、一緒に遊んだりして双子らしく、家族らしくしていた。今思えば瑠璃くんはこの頃の幸せだった紫苑ねーさんに強い憧れを抱いていたのだろう。よく、瑠璃くんが紫苑ねーさんの真似をしていた事を思い出す。
この頃辺りから私も機関にも通い出し、そんな生活を日々を7年間程過ごしていた。
そして三年前驚いた事があり、行方不明になっていた青磁にーさんが瑠璃くんの特異能力を制御させる薬と共に帰ってきた。
遺体が残らない樹が生えた後の社会では行方不明は死に近いものだったのにもかかわらず、帰って来た青磁にーさんは行方不明になってから7年もの間瑠璃くんの為に薬を作ってくれていたようだった。
どこに行っていたかは聞いても教えてくれないが、青磁にーさんが自分で作った薬は確かに瑠璃くんの身体に効き、落ち着いた生活を送れるようになった。
この頃が私たちの家族で一番幸せだったのだろうと思う。
一年前位に紫苑ねーさんも題にーさんとの結婚が決まり、本当に幸せそうだった。二人とも当時は忙しくて、深く愛し合っていても、なかなか結婚まで話は行かなかったが、ようやく籍を入れる事を決める事が出来たらしい。家族皆喜び、紫苑ねーさんは普段見せない笑顔すらしていた。そして、死んだ両親もこれで安心出来ると思っていた。
しかし、結婚直前、10年前事件を起こした張本人『漆我紅』によって題にーさんが紫苑ねーさんの目の前で殺害された。
そう、紫苑ねーさんは瑠璃くんと同じく人の身で感情生命体となった『漆我紅』に最初は両親、そして最愛の人すら奪われたのだった。
『漆我紅』はその後犯行声明を行い、人類は皆、死喰いの樹に縛りつけられる事を目的とする『樹教』を設立した。
その結果、紫苑ねーさんは感情生命体を激しく憎むようになり、瑠璃くんを地下牢に監禁するようになった。
私が紅葉ねーさんを瑠璃くんに会わせたい理由。それは勿論瑠璃くんを紅葉ねーさんの祖父の権力で監禁から救う事もそうだけど、彼女が『死喰い樹の腕』を引き寄せた事、つまりは紅葉ねーさんは感情生命体に関係する何かを知っているのではないかと思ったからだった。




