プロローグ デストルドーの恵投1
──『空腹』。
食べても、食べても、満たされない感覚。
それは私が幼い頃から心に抱いてきた
『想い、思い、重い』──“感情"だった。
いつからか、それは『暴食』となり、大きな罪として私が背負うものとなっていた。でも本質なんてモノは変わらない。
ずっとずっと満たされる事がないから、
ずっとずっと飢えている
どれだけ食べればこの飢えがなくなるのだろうか?
何を味わえば私は満たされるのか?
人の血、皮、肉、
イコールタンパク質
私の飢えと孤独を解消させる
緋い果汁が滴る甘い甘い『ザクロの実』
20種のアミノ酸がデオキシリボ核酸の織りなす二重螺旋構造によって設計されタンパク質へと配列されていく。
アデニン、グアニン、シトシン、チミン。
「TTAGGG、TTAGGG、TTAGGG……」
繰り返し、
繰り返し、
繰り返される無意味で美しい二重螺旋、
不死化の旋律。
そして連なる、遺伝情報。
遺し、私に伝わるアナタの特異性。
これは始まり。私の『狂気』の始まり。
そして、アナタの『愛』の始まりでもある。
アナタからの恵投を注がれたのならば、
人なら誰しも狂わずにはいられない。
この狂気は愛おしすぎるから。
この楽曲はアナタ……
いや私──“竜胆柘榴"が奏でる狂詩曲。
私はこの愛を死神さまへ奏でるの。
題名は『lunatic syndrome』。前奏曲は『デストルドーの恵投』。
それが今始まるの。
☆
夜、礼拝堂でのある周期に一度行われる男子禁制の密会。これが私達、樹教幹部に与えられた、一番重要な仕事であった。
月明かりが桜の樹を描いたステンドグラスを照らし、その光は私達が囲んで座っている円卓に差し込んでいた。
席は全てで9席。意図して開けている席は3席。ここには私──金剛纂を含めて6人の仮面を被った少女達が座っていた。仮面はそれぞれ教祖である紅様を除いては全て己の『罪』に類する表情を現した人の顔を象っていた。紅様は普段通りの骸の仮面であった。
そして、6人が紅様を含めた現段階で集まれる幹部全員である。7人目も既に居るみたいなのではあるが、今は護衛軍へ潜入操作をしている為、此方へ顔を出すのが難しいらしい。
この密会では少し前までは最大でも5人までしか集まらなかったのだが、最近新しく幹部が一人増えたのだ。
私は彼女の事を姉繋がりで直接あった事がある為、かなり知っていることも多いのだが、特異能力も強く、見た目もやはりかなり良い、他の5人の幹部全員納得させ彼女は見事、期待の新人としてこの樹教に入信したのだ。
なので、この密会は6人となる筈だったのだが、今日は違った。
一人だけ、席に座らず仮面も付けずに白衣を着て立っている男がいた。私は黙って手を挙げこの状況を紅様に糾弾しようとした。
「……どうしたの? 金剛纂?」
「発言失礼します。そこに居る男、彼は誰ですか?」
そう、全く説明の無い状況で始まったこの密会には見ず知らずの男が参加していた。だから、本筋の話が始まる前に彼が何者かという事を聴いて、あわよくばこの男子禁制の場から追放したいと考えていたのだ。
「ふん、俺様に対して皆さん敵意マシマシじゃねーか。なんか、俺様だけ立たされるし? 話と随分違うんじゃねーか? 俺様はただ呼ばれたから来てやったんだぜ。なぁ? 茉莉花さんよぉ?」
男は私を煽るようにして、お姉ちゃんの名前を呼ぶ。すると私の左横に座っていた茉莉花……私の実のお姉ちゃんが呆れた声で彼に返事をした。
「はいはい、説明しますよ! すれば良いんでしょ? 彼の名前は色絵青磁。簡単に言えば護衛軍の中にいるスパイの一人よ。彼には私達の依頼でDRAGや蒲公英病の治療薬を作って貰っていたの。その報酬としてこの密会に参加させたのよ。ごめんね、金剛纂ちゃん。不快な思いさせちゃって、コイツはこういう屑人間なのよ」
「よろしくぅ〜ここに呼ばれたってことは俺様もついに幹部ってワケかぁ?」
男は嫌味たらしい顔で私達の事を見てくる。確かにやっている業績は素晴らしいと思うがお姉ちゃんの言う通りコイツを信用するのはダメだ。
「……追放すべきでは?」
「はぁ〜? 何言ってんだよ、二度とDRAG作ってやんねーぞ」
「……チッ」
なるほど、DRAGが私達の計画に必要なものであるという事を理解しているのか。厄介だな。アレは彼にしか作れないという話を聴くし……
「金剛纂。気持ちは分かるけど、我慢して。」
「……了解しました。ここは紅様に免じて出席を許可します。ですが、絶対にこの円卓を穢すことは赦しませんよ」
私は普段使っている口調とはかなり乖離させ、丁寧な口調で喋りつつ彼を睨みつけた。理由は単純で彼がこの場で一番裏切る可能性があり、私の個人情報を特定された結果計画に大きな支障をきたす可能性があるからだを
「オーケーオーケー。俺様はお前らには近づかないよ。ただここで話を聴きつつ情報提供するだけだ」
男はヘラヘラしながら両手を挙げ、壁にもたれかかるのであった。




