アマランサストリコロール 2話
「アナタァ……記憶の共有どころか、考えてる事すら共有できないのね……ある程度のリスクは回避したいのだけど、もう死にかけだし人体実験するし、別に拘らなくてもイイわよねェ」
すると、彼は自分の胸に手を当てて自己紹介を始めた。
「私の名前は……鎌柄鶏。気軽に鶏ちゃんって呼んでねェ……」
その名前を聴いた瞬間、脳に何か電流のようなものが走った感覚がした。『鎌柄鶏』という名前に何か心あたりでもあるのだろうか。
「さて、もうアナタを培養液に漬ける必要は無いわ。そこから解放してあげる」
彼は私の入れられている容器と繋がっていた機械を操作する。すると私が浸かっていた水は全て抜かれて、覆っていたガラスは下に収納された。
私は初めてそこで重力を感じ床に転んでしまう。そして、触れた空気を吸い込んだ瞬間ゴホゴホと咳をしてしまった。
「ケホっ……ケホっ……」
「ウフフフ、身体が弱すぎて立てないなんてどれだけ貧弱なのかしらァ」
それは私を憐れむというよりかは小馬鹿にするような声の掛け方だった。そして、その声を聞いた私はようやく始めて頭に血が昇ってしまったような感覚になった。
「なによその不服そうな顔。仕方ないじゃない。私達の中の誰かがその役をやらないと私たちは永遠で無くなってしまうから」
「……」
頭に血が昇る。目の前のコイツを殴りたくなる。衝動的に行動しそうになる。これが怒り。怒りか。
なんにせよ、これが私の感じた初めての大きな情動。
私の身体がその感情に支配されると周囲の空気が光輝くように煌めく。しかし、それ以上は何も効果などはなくただ光輝くだけであった。
「ヘェ……ウフフ……アナタ、面白いわね。感情生命体の『衝動』に似た能力はあるのねェ」
『感情生命体……? 衝動……? なんだ……それは?』
初めて彼の話の中で意味の分からない単語が出てきた。だが、今はそんなことどうでも良い。私がこの男に『怒り』を抱いた事の方が大事だ。
私は覚悟を決めると立ち上がり、彼の顔面に向かって右の拳を突き出した。
が、難なくその拳は彼の片手によって止められ、私の拳を決して離さないように強い力で握り潰していた。
「良い度胸してるじゃない。産まれてすぐ親を殴ろうとする子供なんてそうそういないわよォ」
「……離して!」
「……喋れるじゃない。面白いからお仕置きはやめようと思ったんだけど、コレは許容範囲外ね」
彼がそう呟いた瞬間、普通の人間では絶対に出せないような握力によって私の手は潰され、一緒に腕まで付け根から無理矢理ぐるりと関節が外れるように一回転させられた。
「痛い! 痛い! あァァァッ!」
「駄目よォ……親に向かって殴ろうとするなんて……お仕置きはこの程度じゃ済まないわよォ?」
そして、私の片腕は一回転だけでなく際限なくゴリゴリと無理矢理プラモデルの腕を千切るように引っ張られる。
「ああああっ!」
ついには完全に腕の骨が肩から外れ、皮膚はプチプチと嫌な音をたてて、私の片腕は身体から外されその辺の床に投げ捨てられた。
「丁度いいわ、私から産まれたんだから『再生』してみなさいよ。これも実験の内容にする予定だったけど手間が省けたわぁ」
「腕が……腕が……私の……腕が」
私は千切られた腕を見た。するとその断面の細胞が異常な速度で増え、動いていた。そして、さらに断面の痛みが引き温かいお風呂にでも入っているような感覚になった。
「……あれ……? 痛く……ない⁉︎」
「再生機構だけじゃなく痛覚のコントロールまでできるなんてね……いよいよ危険因子ね、アナタ」
鎌柄鶏は顎に手を当ててしばらく考え込むように目を瞑る。私はその間に千切られた断面の再生の様子を見ていた。そして千切られた腕が完全に再生すると、痛みの代わりに立っているのでもやっとなくらいの疲労感が体に降り注いだ。
そして、それと同じタイミングで彼は目を開けると私に殺意を向ける。
「……そうね、万が一を考えるよりかは良いわねェ」
「……?」
「すぐ殺しましょう!」
「……⁉︎」
瞬間、私の目の前で火花が散る。私が瞬きした瞬間にはすでに私の前まで鎌柄鶏が詰めてきていたのだ。否、そう表現するのは適切では無い。
そう、鎌柄鶏が私へと放った物理攻撃は私にぶつかる直前で私で無い誰かに止められたのだ。
「……えっ⁉︎」
「しばらく顔を見せないと思ったらご無沙汰じゃない……仮面の男」
鎌柄鶏の攻撃を止めた者の正体。それは手には懐中時計、そして身につけているのはロングコートと仮面。それらには『IからⅫ』のギリシャ数字の模様が入っている。彼は紛れもなく人であるのだが、逆に言えば今挙げた事以外に全く人としての特徴がない。特徴に関しては意図的に"消されている"と表現した方がいいのだろうか。
「アナタいつまで私に付き纏うつもりよォ」
「お前が死ぬまでだ。鎌柄鶏」
勿論、『仮面の彼』の声に抑揚はなく男と形容されているのにも違和感を感じざるを得なかった。
「……だが、今はその時ではない。来る時の為の種はもう巻いた。それよりも今は彼女の方だ」
すると彼は鎌柄鶏を蹴りで突き飛ばし、私に触れつつ手に持っていたギリシャ数字の『Ⅴ』の刻まれた懐中時計のボタンを押した。
その瞬間、私に疲労感と視界をかき混ぜられるような感覚が一気に襲い気を失ったのだった。




