氷点下273.15度の情火 18話
瑠璃の接近にいち早く気付いた筒美紅葉が彼に対して手を振ると、それを返すように瑠璃は笑顔になり筒美紅葉へと手を振り返した。
「様子でも見に来たの瑠璃くん?」
「うん、『生存欲』と『自死欲』は人間から出ることがよくあるけど危険は無いとも言えないからさ。それに……」
続けて瑠璃は外の窓の方向に指を指した。気付くとその指の先には数本の『死喰い樹の腕』が窓にべったりと張り付いていた。赤黒く、血に濡れたような実体も質量も無いはずの手が鈍い音を立てて窓ガラスを叩く。
「生まれたばかりの人間はアレに寵愛を受けなければならない。新しい生命をこの世界に感知した瞬間『死喰い樹の腕』は僕達をこの世界に閉じ込めるんだ」
彼は窓ガラスに近づくとそのまま窓を開けた。
「『死喰い樹の腕』は赤ちゃんを決して連れて行くような事はしない……だから安全っちゃ安全だと思うよ」
瑠璃はその紅葉の言葉を聞くと『違うよ』と優しく言う。
それと同時に無数の腕はたった今生まれたばかりの俺の娘ではなく瑠璃の方へ惹きつけられるように吸い寄せられていく。そして、『死喰い樹の腕』は彼の身体全体を優しく撫で、まるで瑠璃に抱きつく様にしがみつきもした。その様子に病室に居た全員が目を丸くし、紅葉は表情には出さないものの動揺は声に現れていた。
「……ちょっと! 瑠璃くん⁉︎ 大丈夫なのそれ⁉︎」
「……僕は……大丈夫。逆にね、僕が心配しているのはそこの赤ちゃんよりキミの方だよ、紅葉。君の中にはお姉さんの臓器があるでしょ? ただでさえ特異能力者はこの世に生まれた時に『生存欲』を発しやすい。それに釣られてきた奴らがキミを狙わないかって心配でね」
目の前のあまりにもの異常な光景。それを見て輝はようやく呟いた。
「やっぱり……! 紫苑が貴方の事を化け物だと言っていたのは喩えなんかじゃなく……!」
「そう、僕は感情生命体です。その事、浅葱旅団長と僕をお母さんから取り出した文目さんは知っていましたよね?」
俺は『あぁ』と頷くと文目さんはふぅと息を口から吹いた。輝はその様子を見ると瑠璃が護衛軍上層部により公式的に生存を認めている感情生命体となっている事を察した。
「……そう、護衛軍は貴方を人類の敵として扱わないのね。まぁ、要くんみたいな能力を発動している時だけ感情生命体に近くなる人もいるし、元大将には半感情生命体化の術もある。そもそも、瑠璃くんを『人類の敵』だと疑う気にはならないけど」
輝はそう言いながら、紅葉の方を見る。紅葉の方は依然無表情で、輝は彼女に真偽を問うために問いかけた。
「やっぱり、紅葉ちゃんも知っていたわよね。しらばっくれなくてもいいわよ。貴女は元大将の対人術と防御術を皆伝されていると聞いているわ。そんな貴女に瑠璃くんが感情生命体であったこと見抜けない筈は無いわよね?」
「……! マジかよ、4個中2個皆伝か……。流石、元大将の孫娘なだけあるな」
すると、輝の問い詰めに紅葉は簡単に白状した。
「……はい。言いふらしたって別に良い事ないですし、本人は本気で護衛軍で活動する事を望んでいるので」
「そう……貴女がそういう態度なら今回の件についてはまぁいいわ。でもね、紅葉ちゃん、貴女、私達に隠し事してたのこの件で二回目よ。だから、もうどうとかいう気はないけど、同じ過ちを繰り返す気ならあまり感心できないわね」
「……すいません」
紅葉は申し訳なさそうな声を出して謝るが、その状況に納得できない瑠璃が輝に対して横槍を入れる。
「えっ待ってよ、てるてるさん! それ紅葉じゃなくて僕に怒るべきじゃない?」
「もちろん、それ相応の説明は求めるわよ。でも、貴方については、この事を隠していた理由より、今何故貴女が感情生命体である事を明かしたのか、一体ここに来て何がしたいのかを知りたいの」
「それは……」
瑠璃はしがみつかれている『死喰い樹の腕』の中から一つを選び、それと手を繋いだ。
「それは、僕ならこの『死喰い樹の腕』の寵愛から情花ちゃんを守る事ができる、この事を伝えに来たんですよ」
「……ッ⁉︎」
「……そういう事ね」
瑠璃の言っている事はつまりこうだ。この不死にならざるおえない世界で、娘を不死にしない、永遠に苦しむ必要のない選択肢を与えてくれるという物であった。
「……そんな世界の理を壊す事、お前にできるのか……?」
「はい、僕の特異能力に不可能はないので」




