氷点下273.15度の情火 15話
そう、俺がそこまで紫苑の予知に関してそこまで気にしていないのは、信用性が高いのではあるが故にこの『糸』にはいくつか規則性が存在してしまう点であった。
一つは、『糸』が示す『運命』は絶対だが、取り返しのつかないものではない。
つまりは、死に至る可能性のある『糸』の状態は『赤い糸』が切れた時、そして身体に繋がる全ての『糸が黒く』なった時。だが、この二つは必ずしも死に至るとは限らない。
逆に、人に繋がる『糸』が全て『観測できなくなった』時、その人の死亡が確定する。これは死者とは『糸』が繋がらないという特性上の問題である。
だから、俺がするべきなのは『赤い糸』が切れた際、連鎖的に『他の糸』が切れないようにする努力である。それさえ行えば命"だけ"は救われたという案件もある。まぁ、本当に命だけが救われたという案件もあるため一概には何も言えない。
しかし、『糸』の現象を聴いて分かった事の中にはもう一つ俺にとってのいい情報がある。
幾ら不干渉である『赤い糸』でも繋げ直すことができ、『他の糸』と何かしら関連性があるということだ。
もう一つの具体例を出すと10年以上前、蕗衿華という少女の『赤い糸』が切れてしまった事があった。彼女は『蒲公英病』を患ったことで『赤い糸』が切れたのだが、結果的に『他の糸』を補修することになり、補修すればするほど『赤い糸』も元通り伸びていき、『蒲公英病』が完治すると同時に『赤い糸』も繋げ直せたという事があった。
そして、最大のアドバンテージは"まだ"『赤い糸』が切れていないという点である。これから何かが起きるという事さえ分かっていればいくらでも対処のしようがある。たとえそれが五体満足で成し遂げられなかったとしても、問題無い。俺が生きている時点で俺は自らの特異能力で生き延びる事ができる。
ただし、それは俺だけが『赤い糸』の被害を被る場合である。俺と『赤い糸』で繋がっている輝にも同等の危険はある。そうなった場合、俺は自分の命よりも輝の命を守るだろう。それも特に問題の無い話だ。
しばらく沈黙が続いたあと、俺は言い訳をする様に輝を安心させる為の事を言う。
「まぁ、俺達がこんな仕事をしてる時点で既に死と隣合わせなんだ。何が起こっても良いって覚悟を……というか、何が起こってもその状況を覆せる力を持とうって覚悟を俺たちは昔にした筈だろ?」
俺はそのまま彼女の頭を撫でる。だが、彼女の反応を見るとすぐにしまったと感じた。
彼女は弱音を吐くように小さくか細い声を出す。
「……ごめんなさい」
「どうして謝るんだ」
「だって……だって……私が万全だったら死ななかった命が有ったから……」
輝が何の話をしているか分からないが、おそらく任務で守れなかった部下がいたのだろう。それも全力を出せない妊娠している状態で。
「それは輝のせいじゃ無いだろ」
「違う……人の命を犠牲にしてこの子を守っているようじゃ……私はこの先この子すら守れない……」
「……」
俺はただ考える。彼女のそんな顔を見たくなくて。ただ、考える。
「私にはこの子の母親になる資格はあるの……?」
考えた結果、俺は彼女の弱った表情と言葉に同意も出来ず、ただ彼女を抱きしめた。
「大丈夫だ。母親ってものは資格なんかじゃない」
普段見せない、氷が溶けたような表情を俺は頑張って作る。
「これから先、辛い事も悲しい事もあるかもしれない。きっとこの子を悲しませるような事も、辛い目に合わせる事もあるんだろうな。もしかしたら、こんな趣味の悪い神様が創ったような世界に生まれてくること自体望んでいないかもしれない」
抱き寄せ、優しい声を出す。
「でも、『生まれてこれて良かった』そうこの子に思わせる事が俺達の一番頑張る部分じゃないか? 俺達の仕事にしたって、親としての勤めだって。それが今の俺達のやる事なら実力がなくても、何も出来なくても、行動するしかないだろ?」
輝の表情は俺の身体にうずくまっていて見えなかった。だけど、嗚咽と共に少しだけ頷いたのがわかった。
「だから、生まれてきて初めに言ってあげよう。『ありがとう』って。世間体もこの世界の理も含めずに、ただ純粋に『キミに会えて良かった』って。これが俺たちの本心なんだからさ、この気持ちを誇っていこう。そうやって初めての経験と失敗を繰り返して行って初めて俺たちはこの子の親になれる、そう思うんだ」
嗚咽が止まり、彼女の頭が俺の身体から離れた。
「落ち着いたか? 元はと言えば輝の側に居られなかった俺が悪いんだ。誰だって不安にもなるし、今までずっと我慢してたなら俺はそれを知れて後悔したし、ようやく安心できた。お互い様なんだからさ、もうごめんは無しな」
「うん……ありがとう」




