氷点下273.15度の情火 14話
「どうぞ」
病室の中からは電話越しで聴き慣れた声がそれよりもまたクリアに聴こえてきた。俺は引き戸を音を立てずにサッと開け中に入った。
「……久しぶりだな、輝」
「おかえりなさい、氷華くん」
中には俺の嫁さん兼この護衛軍の大将補佐である天照輝がベッドで本を読んでいた。彼女が入院している理由は勿論俺との間の子を妊娠しているからであった。生産期である彼女はもういつ子供を産んでも良い状態となっていた。
俺がベッドの横にある椅子に座ると、輝は顔を俺の身体に近づけた。
「くんくん……女の匂いがする。やっぱり浮気してた?」
「してねーよ、どんだけ疑ってんだよ。輝の知っての通りその匂いは恐らく李のだ」
「……ふむふむなるほどね。それも別に許してないけど、まぁあの子も諦め悪いからねー」
やはり、輝は李のことを知っている様子だった。李を使って俺が浮気しないかどうか見張っていたっていうのは事実らしい。確かにこれだけ会えないとなると不安になる気持ちも分からなくもない。だが、だからといって信用してもらえないのも少し悲しい気がする。疑われるくらいなら今度からは消臭スプレーでもかけてからここに来ようか。
「冗談よ。万が一にも氷華くんが私以外の人を好きになることはない事位は知ってるわよ」
小悪魔らしい意地の悪い笑顔を此方に浮かべ輝は俺の頬に指を当てた。扱いが少々雑な気がするが、どうやら許して貰えたようだ。
「それはそうだが……まぁいい。今はそんな事よりだ。お腹の子供大丈夫なのか?」
「うん。仮にも生きてる中で最強格の特異能力者二人の娘なんだから……そこらの子供とは頑丈さが桁違いよ」
「冗談言える位には大丈夫なようだな」
俺は心の底から安堵し、ホッと一息をついた。
「ねぇ……氷華くん。こっちに帰ってくる為にあっちでの任務で相当特異能力使ったみたいだけど、今は身体に異常は無いの? 昔、使った後は本当に体調悪そうにしてたから……」
ふと、輝は心配になったのか俺の顔を見つめて問い詰めてくる。
「……隠してもしょうがねぇな。あぁ……まだ少し酷い頭痛と熱に襲われる。確かに昔はもっと酷かったが今は特異兵仗のお陰でその程度だ。それに酷くなければ一生残ったりするもんでも無い。一時的なもんだ心配するな」
熱暴走を引き起こす事による脳内のアドレナリンやドーパミン生成と物理的な温度の上昇。それによる副作用や外的損傷。前者はまだしも後者は放っておけば一生かけてもならない障がいとなる可能性が高い。
だが、こんな人手不足の中俺はそんな自分の命を顧みない行動なんてしない。恐らく、輝自身が不安を抱いていたのが、あの時李にも伝わったのだろう。
「もしかして、任務の前に李をけしかけたのはお前か?」
ピクリと反応する輝。どうやら当たりだった。
「それはその……」
「やっぱりそうか。そこまでして俺を心配する理由は……あいつか」
そう、輝をここまで不安にさせる要因はただ一つ。
人の『運命』を観測する事が出来る特異能力の持ち主──色絵紫苑が要らぬ助言を輝にしたのだろう。
「……ごめんなさい。久しぶりに紫苑と直接話す機会があって、そしたら紫苑から氷華くんに繋がる糸だけじゃなくて、氷華くんと私との間の『赤い糸』が千切れかかっているって」
「……そうか」
紫苑の特異能力──『運命観測』は一定の決まりきっている『流れ』だとか『縁』だとか『雰囲気』だとか『運命』だとかそういうERGを含めた"六感"全てを使っても捉えることが出来ないオカルト的で現在の科学では証明できない曖昧な『"第七感"のような物』を実在する物体として捉える事の出来る能力だ。
『運命の赤い糸』というものが言葉にもある通り紫苑曰くその『運命の糸』というものは様々な色で人の部位に繋がる形で実在しているらしい。『糸』についている色の差異で関係性繋がっているもの同士の関係性が異なり、明確に確定している訳ではないらしいのだが、青なら『大事な物や大切な人』、緑なら『家族』、黄色なら『親友』……といった風である。勿論、色の数だけ種類があり紫苑自身は全てを知っている訳ではないらしく、そもそも観測出来る『糸』自体全て見ている訳ではないらしいし、『赤』の糸以外は良く切れる事もあるらしい。
つまり、色絵紫苑は人と人との間に繋がる『糸』の状態を見て『未来』を、『運命』を観測しているのである。
そして、人以外の物体にも糸は繋がるが、唯一『死者』には糸は繋がらず、死喰いの樹を通した死者への運命の予測は行えない。
色の話しに戻るが、中でも『赤い糸』は紫苑ですら切ることは勿論、絶対不干渉で最も強力な『その人の人生において運命的である人との間』に繋がる文字通り『生命線』らしい。そして"どんな人間"であっても切れない限り『赤い糸』は持っているらしい。
つまり、その『赤い糸』が切れそうになっているということは、糸に繋がった片方の人は『死ぬ運命』にあり、その他多くに繋がっている糸が千切れそうになっている俺が一番死ぬ可能性があるという事だ。
「確か、題の時は事前予告も何も無しに『赤い糸』が切れる前に『糸』が急に消失したらしいな。予告が来たって事はアイツよりマシだし、紫苑が言っていた『糸が黒くなる現象』ってのよりはマシだろ」
だが、輝は表情に不安を表しながら此方を見る。
「……それでも……紫苑は『糸』は絶対だって……それなら氷華くんは……」
「問題無い、『糸』が切れない限りは大丈夫だ」
 




