氷点下273.15度の情火 13話
視界が入れ替わった先は勿論護衛軍本部のある国立病院であった。場所は屋上であった。
文字通り思い描いていた通りの瞬間移動。昔一度、元大将の弟子時代、特異能力無しでも瞬間移動が出来るという彼の筒美流奥義を体験してみたが、この俺でも二度と経験したくないような恐怖体験だった。それに比べれば色絵翠の瞬間移動は丁寧で人が移動する為に工夫されたものだという感想が出た。
「はい、着きました」
「ふむ……便利だな。お前の特異能力初めて体感したが、これかなり凄くないか?」
「えぇ……まぁ……筒美流じゃ再現しきれない安定性があるから特異能力なんですけど」
彼女は冷たく返した。そして、李はというと話を蒸し返すかのように聴きもしないのに先程の話題を繰り出した。
「それでね、翠ちゃん。私の好きな男の人ってのがこの浅葱氷華旅団長なの。知っての通り、妻子持ちだけど私は諦めてないよ!」
「頑張って! 私も応援してるから」
翠は此方を見ながらまるで苦虫を噛み潰したかのような顔をした後に李へ微笑んだ。一連の行動を見ると明らかに塩対応されているし彼女から嫌われているんだろうなと思う。
というか李のせいで何か勘違いされてないか……?
「そういえば、翠ちゃんって弟くんとの進展はどうなの?」
っと、とんでもない事を言い放ったのは李であった。
「えっと……瑠璃くんとはすっごく仲良しだよ。あの子は体質的に色々あるから私が身体を貸してあげないといけない時もあるし……そのせいで近親相姦だから気を付けなさいって紫苑ねーさんに怒られる時もあるけど……まぁ、それはそれで瑠璃くんから求められてるって感じがして嬉しいよ!」
瑠璃が感情生命体の一種なのは題から聴いているため知っているがサラッとドロドロとした重い事を言われたので精神的に俺の方にダメージが来た。
「おぅ……大体の事情は知ってるから咎めんが大っぴらにはそういう事いうなよ? 普通に規則違反だからな?」
「流石、翠ちゃん。家族から放任主義でも良いって言われてるし、やっぱ違うよ」
「……紫苑の奴……しっかり妹達の面倒くらい見ろよ……」
紫苑が今どういう精神状態かは知っていたが、これ以上触れると色絵家の闇に触れる為俺は黙っていた。
「そうそう、それでね最近私のすきぴの瑠璃くんが推しぴの紅葉ねーさんと付き合い初めてさ、それが……もう……本当に……嬉しくて……嬉しくて」
「? ? ?」
「えっマジ⁉︎ それ最高じゃん、紅葉ねーさんってあの人でしょ? 最近翠ちゃんとテレビに一緒によく出てる女の子ウケしそうでめっちゃくちゃ顔がいい無表情の人」
「? ? ? ? ?」
なんだろう……思考がまともに追いつかない。多分彼女達はまともに会話をしてはダメなタイプな人間なんなんだと思う。
「いやー本当、そーなんだよね。紅葉ねーさんめっちゃ顔いいんだよね。でもでも、顔だけじゃなくて近くにいた時の香り凄い良い。ねーさんいるだけでその場が制圧されるくらいにいい匂いする。見た目やばいし、目があっただけで食べられそうになるけど、香り嗅いだら多分『あっこの人に抱かれたい』って思うレベルでやばい。マジやばい。ねーさんガチだし油断して私でも喰われそうになった。多分瑠璃くん以外にも2,3人は女の子食ってるよ」
「あーーマジかー。翠ちゃんの姉的立場の気持ち的にはそれ大丈夫なの?」
『あのー』っと俺らしくない声を彼女達にかけるが無視され、会話がヒートアップし続ける。
「いやーなんだかんだ言って紅葉ねーさんと私、境遇というか、行動原理が似てるんだよね。お姉ちゃんの為とか弟の為とかそういうところ。だからさ、私にも嫉妬とかそういう気持ちも勿論あるんだけど、紅葉ねーさんならいっかっていう気持ちとか瑠璃くんのこれまでの生活とこれからの幸せの事を考えるとね、これでいいんじゃないかなって」
「なるほどねー。まぁ、したいようにするのが一番だよね。ところでさ……」
話が一向に終わる気配がしない。多分後30分は続きそうな会話だ。彼女達は元々顔見知りらしいから久しぶり会って積もる話もあるのは分かる。
だが、俺は早く輝に顔を見せたいんだよなぁ……
そんな事を思いながら、俺はやれやれと気の抜けた顔をすると李が俺に向けて『話の邪魔なんであっち行ってください』とハンドサインをしてきた。
それを受けて俺はなんて奴だと思いながら屋上を後にする。前向きに考えれば俺にも気を遣ってくれたのかもしれないが、上司に対する態度がこれだと少々今後が不安である。
「やっぱり俺なめられてんだろな」
冷静になれと自分に言い聞かせながら、輝の病室へ向かう。せめて手前の情緒くらい手前で整えなければ。なんせ彼女と直接会うのは半年以上ぶりだ。それが部下との人間関係でストレスを抱えているからって、イライラなんてしてはいけない。
ついに彼女の病室の前に着いた。俺は深呼吸をした後そっとその引き戸をノックした。




