氷点下273.15度の情火 12話
「いや、なんで俺が帰ること知ってる?」
「ちょっと前、輝さんからメール来てたんですよ。そろそろお腹の赤ちゃんが産まれるから任務が終わったら、旅団長を連れてこいって」
一瞬、教祖だった感情生命体がまだ李に取り憑いていると怪しんだが、それはなかった。それであれば言葉一つ一つに何かしらの重みを感じるだろうし、こんな話する理由は幾らでもあるがたとえ本部に乗っ取られた状態のコイツを連れて行ってもコイツ自身が地獄を見るだけなのは目に見えていた。
そして、昨日彼女が俺の単独行動を止めた理由が今の発言により大体わかった。
「あ──なるほどな。んで、俺は帰るつもりではいるがなんで付いてくるんだ?」
「え、いやぁ〜純粋に興味っていうか、お父さんになる旅団長を見てみたいっていうか、略奪愛をするなら一回苦汁を舐めときたいっていうか、多分そこまで屈辱を感じないと享受できない快感がありそうっていうか」
未だに俺のことを諦めていない所はまだしも悉く歪んだ発言をする彼女にドン引きをしつつ断固拒否する。
「うわぁ……どんな行動原理してんだよ。とりあえずキモイから来んな」
「えぇっー! 女の子にキモイなんて言わないでくださいよ! 傷つきますぅ!」
口を尖らせ可愛らしく彼女は言うが性根がねじ曲がっている為もはやツッコミを入れることくらいしか出来なかった。
「自分の行動に罪悪感とかないのかよ、お前は……」
「ホントもぅ……酷いこと言いますね〜もちろんっ! 覚悟の上ですよ」
「どういう覚悟だよ……ていうかいい加減俺のことは諦めろよ」
「えぇ〜これも本気で私を拒まない旅団長が悪いんですよっ」
まるで俺が酷い甲斐性無しの男みたいな言い方である。誤解を避けるために追記しておくが、李がここの勤務になってから半年くらい経つが恐らく三桁に届きそうな程は彼女のことをちゃんと言葉にして振っている。理由も備えて丁寧に。おそらく、李は自分が殺されでもしない限りチャンスがあるとでも思っているのであろう。
というかこれ、マジで俺が悪いのか……?
「妥協点が見つからん。仕方ない、付いてくるのは勝手にしろ。今でも連絡取り合ってる中なら輝とはかなり仲が良いんだろう。輝もお前のことについて察しは付いてるだろうしお叱りを受ける事は……ないと思う。そう信じよう。だが、限度は弁えろ。もし子供に手を出そうものならシバくからな」
「はーい。ありがとうございまーす。というかぶっちゃけ、私に惚れられた時点で負けなのは確定してるので、旅団長も覚悟して下さいね。地獄の底までついて行きますから」
「お前は死地に向かう上司についてくる部下か」
堂々とストーカー宣言をされてしまったので俺はせめてツッコミ返し、気絶した部下達を背負い支部へ帰った。
☆
俺たち二人は海を船で超えた。上空が死喰いの樹に覆われ自死欲が蔓延している現代では戦時下の時のように空を飛ぶ飛行機という乗り物は使えない。あの元大将の筒美先生ですらそんなもの見たことが無いのだから、俺が知らないのは当然っちゃ当然であった。
そして、日本海を渡り陸へ降りると港にはメイド服を着た少女が待ち合わせ場所に姿勢よく立っていた。その少女は周りから脚光までとは言わないものの注目を浴びていた。どちらかというと歓声に近いような、憧れや尊敬に近いような目で周りから見られていた。
そのような目線で見られていた理由は恐らく蒲公英病の一件で行った記者会見で彼女が特異能力者として現れ、『蒲公英の感情生命体』を討伐した中の一人だからであろう。筒美紅葉に並んで一般人に人気である彼女はもはや護衛軍の顔でもあった。
彼女の顔が見えると李はまるでしばらく会っていない友達を見つけた時のように駆け出していく。
「あっ! 翠ちゃんだ! 久しぶりー!」
それに気付いたのか、色絵翠は此方に手を振った。恐らく紫苑繋がりで筒美流を学んでいる時に練習相手として会っていたという感じか。俺は題繋がりで顔を合わせた事がある位なのだが。
「李ちゃん、半年ぶりだね。どう? 恋路の方は?」
「うーん、順調かな。本人には気持ちは伝わったし後は粘っていくだけだと思うんだよね!」
「あーそっかぁ……そういえば横恋慕って言ってたもんねー」
翠のその発言を聴き周りの人達は少しどよめいたので俺は焦って彼女達に注意をする。
「どーでもいい話なら後にしろ。さっさと本部に行くぞ」
「はーい、旅団長」
「……お久しぶりです。浅葱さん」
李と話しているテンションとは打って変わって、色絵翠は素っ気ない態度を取る。昔もあった時に同じような態度を取られたのだが、後から題に聞いたところ別に特に深い理由がある訳ではないらしい。単純に人見知りをしているだけだと彼は言っていた。
「じゃあ、早速ですが肩に手を置いてください。本部まで飛ぶんで」
「それじゃあ頼む」
「わ〜翠ちゃんの特異能力体験するの初めてだあ!」
そして、彼女の肩に俺たち二人が触れた瞬間視界が入れ替わったのであった。




