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どうか、この世界を私たちに守らせてください。  作者: 華蘭蕉
Concerto of Side Stories──『花弁たちの協奏曲』
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氷点下273.15度の情火 10話

 ホール全体にすももの声が広がる。そして、その声が聞こえた瞬間、信者達はゆっくりと動き始めた。


「はははは! どうします? 貴方が抵抗をやめない限り、どんどんこの方達は死んでいきますよ!」

「……」

「何も言えないですか⁉︎ ざまぁないですね! 本当に予想外みたいだったですね! でもこの行為をあなたは罰する事はできない! 何故ならこれは大義のための犠牲なんです! これは私にだけ認められた正義の為の行いなんですよ! さあ! どうしますか? どうするんですか?」


 それでも俺は煙草を咥えたまま、目の前の少女の形を何に向かい能力を向けた。


「『絶対零度アブソリュートゼロ』──『乱雑さの調停者マクスウェルズデーモン』」


 そのまま少女へ真っ直ぐに飛ぶ冷気。


「ッ⁉︎ まさかの攻撃ですか! 一番後悔する選択肢を選びましたね!」


 攻撃は少女の身体へ直撃を免れない所まで来ていた。しかし、少女の身体からはまるで霊気の様なものが飛び出した。霊気は俺の攻撃を避け、代わりに攻撃を受けた李の身体がゆっくりと氷漬けにされていく。


 そして霊気が先程の教祖のような顔の人の形を持つと俺へと勝ち誇ったように言葉を放った。


「そんなノロマな攻撃当たりませんよ! 貴方はね、今自分の部下を自分自身の手で殺したんですよ。そうして、何度も何度も失えばいい! そして、気付くんですよ、貴方の能力は人を殺す能力という事に! 自責の念に駆られて自分は誰も救えない無能だということに!」


 俺は特異能力エゴをホール全体に解き放った事でどっと疲労感が押し寄せ、両足のバランスが崩れたのか地面に手を突く。


「はははは! 何も考えず攻撃するからですよ! 流石に貴方にも罪悪感というものはあったんですね! 今すぐにでも洗脳して差し上げます。今の貴方なら身体を乗っ取る事も可能でしょうね!」


 こちらへ迫る形而上型の感情生命体エスター


 だが、俺の身体に触れる直前、その霊魂のような塊はそこで止まったのだった。


「……ッ⁉︎ 何ィ⁉︎」


 エントロピーは増大する。それはこの世の真理。いかに温度を下げようとも、何処かで熱を発生しまう限りその対となって乱雑さは増えていく一方だ。だが、特異能力エゴは現実を歪めて架空から現象を引っ張り出してくる。


 つまり、今ここは『乱雑さ』なんてものは存在しない、俺以外のエネルギーのやり取りの無い、いわば完全静止空間となった。


 感情生命体エスターは驚きのあまり顔を歪めるが未だに何が起きたか理解に及んでいなかった。感情生命体エスターは俺が少しでも近づくたびにどんどんとその行動が遅くなり、そいつ自身は物体とすら認識するのに怪しい筈なのに確かに凍っていく。


「寒いなんてもんじゃないだろ? 全てが止まる温度なんだからな」


 俺は疲労で倒れた体を起こし、煙草を吹かす。


 ようやく目の前の感情生命体エスターは自分に起きた出来事に気付いたのか、動きが遅くなりながらでも絶望に近い表情になっていく。


「こんな……こんな特異能力(エゴ)があってたまるか! 空間を……時間をありとあらゆる概念を凍らせるなんて! あり得ないだろ……? そんな人に許された領域を超えている……! ふざけるな!」


 つまるところ、俺の特異能力エゴその真価は『物体の減速』にある。普段熱を操っているように見えるのは熱を発生させる分子の熱振動を抑えているに過ぎない。では、この能力を原子の振動に向けてではなく、この場全ての万物に向けたらどうなるか。


 そう、その結果まるで時を止めたかのように、全てのエネルギーのやりとりを止めることで空間を支配するのだ。


 だから、信者の自殺行為も始まってすら居ないし、李への攻撃も途中で止まりむしろ感情生命体エスターの方へ方向転換しようとしていた。


 勿論、最初からやればここまで手間取らずには済んだが、なにぶん使用後の疲労も酷く、射程範囲を広げれば広げるほど停止空間の維持が難しくなり今のように倒れてしまう。単独で出すにはリスクのある能力であった。だから相手の手札が全て透けた今が出す最高の瞬間であった。


 ところで当たり前なのだが、この状態になれば音すらも止まる為、相手が何を言っているのか分からない。何か戯言を言っていたような気はするが全て気のせいだろう。


「戻ってこい」 


 俺があえてそう声を発すると先程李へ放った攻撃が感情生命体(エスター)の方へと向かっていった。


「止めろ! それをこっちへ向けるな! ふざけるな! 止まれ! その冷気を戻せ! 私を守れ! 何だよこれ! 何で言う事聞いてくれないんだよ!」


 口をゆっくりとモゴモゴと動かして、大体喋っている事は分かるがそれでも分からないふりをする。


「私がいれば世界が変わる! 私がいれば人は正しい行動しかしなくなる! そうだ! お前に協力してやってもいい! 共に世界を平和に守ろうじゃないか! 『正義』の為に……! そうすればお前も楽になるだろ? なあ⁉︎ そう思うだろ! だから止めてくれよ! なぁ! なぁ! なぁ! 頼む! 頼むから!」


 顔を歪ませ言葉一つ一つに特異能力(エゴ)による洗脳効果を含ませている。ここまでくるともはや執念に近いものを感じるが、もうそれもどうでもよかった。


「お前の行動を見てるとよ、正義なんてもんは人間の願望エゴを体よく叶えようとするための聞こえのいい仮初だとしか思えねぇんだ。だからよ『正しさ』だとか『正義』だとかはもしかしたらこの世には無いんじゃねぇのかって思っちまうんだ。例えお前の行いが回り回って人の為になったとしてもだ」

「ふざけるな! ふざけるな! 私はまだ死にたくない! 死にたくない! これは正しい事じゃない! 正義は私の手の中にある! だから! だから!」

「……お前のそれは正義かもしれんが、人はそれを求めてない。『正しさ』がいつも『正しい』とは限らないからな」


 遂に冷気が感情生命体エスターの足へと当たるとそれは徐々にかの身体を有無も言わさず絶対零度という絶対に存在しない温度に変えていく。


「ヤメロォォォ! 私の命令を聴けぇぇぇェェ! バカヤロォオオ! ガァァァァァァ!」


 断末魔すら聞こえはしなかったが、何を言っているのかはっきりと理解できた。そして、完全に静止の世界へと放り込まれた感情生命体エスターは死んだと死喰い樹(タナトス)の腕に判定され、それに触れられると風のように連れ去られてしまった。


「お前の敗因は俺との賭けに負けた事。なんて事ない、ただの確率の問題さ。そこに正しさなんてものは存在しない」


 それを確認すると俺は空間を支配している遅化の能力を解く。すると、洗脳されていた信者や俺の部下たちは糸を切られたマリオネットのように一斉に気絶した。


「まぁ、あえて言えばここまで追い詰められれば大抵の奴はお前に負けてるよ。そこは誇って良いと思うぜ。だが、俺にケンカをふっかけた事が間違いだったな……かつて最強だった奴らと競り合ってた俺にな」


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