氷点下273.15度の情火 5話
俺達、護衛軍はそのうち行われる『公正教』の講演会の下見の為、会場を見に行ったがそこで『公正教』の教祖と鉢合わせてしまった。
そこで奴を退却させる事は出来たものの、教祖の特異能力が『生物・非生物問わず声を伝えたものを支配する能力』である事がわかった。本気を出す前に見ていなければやられていただろう。しかし、対策を立てたからと言ってどうにかなる問題でもないのかもしれない。
それから俺達は支部に戻り、後日対策を立てる為の会議を開いた。
「さて、これから会議を行う訳だが。なんだ、この集まりの悪さは……」
「みんなどこ行っちゃったんですかねー」
「なんというか、まぁここ普段平和ボケしてる連中しかいないですし、その辺で賭け事でもやってるんじゃないですかね」
集まったのはまさかのたったの3人。俺と李ともう一人は下士官の軍曹だった。そもそも人材不足が否めない職業であるのは仕方ないが、これでは余りにも酷すぎる。今回は状況も状況だし良かったのかもしれないが。
「曹長は洗脳が解けないから拘束中……伍長達が賭け事か」
やれやれと言いながら俺は会議を続ける。
「態度は置いておいて正直伍長達が来なくて良かったと思ってる。今回の相手は特異能力者……本部だと尉官以上が相手にする案件だ。下っ端のお前らには荷が重すぎる」
こんな事を言うと李はムッとし俺に反論する。
「まさか一人で行く気ですか? それはあまりにも無謀だと思いますけど。せめて私くらい連れて行っても……」
「お前が一番危ないんだよ。お前は既に一度奴から洗脳を喰らっている。曹長が未だに洗脳状態であると考えるとお前が再び無条件で洗脳される可能性は高い。意味はわかるな?」
「……つまり私がお荷物だって言いたいんですね」
頷き返すと彼女は悔しそうに唇を噛んだ。
「でも、旅団長一人で勝ち目はあるんですか? 相手は数千規模なんですよ」
食い下がるように李は俺に反論する。
「……そんなに俺が心配か?」
「当たり前でしょう! いくら旅団長が特異能力者だからといって、それでも旅団長はただの人間でしょ?」
段々取り乱していく彼女に落ち着くように言う。
「心配しすぎだ」
「でも、もし旅団長が負けちゃったら……私……私!」
彼女が表情を崩して泣きだしそうになった為、俺は肩を叩く。
「だって、だってぇ……! 私、本当に旅団長の事が大事だから……」
「いつも言ってるだろ。そういう感情は迷惑だって。それにな、特異能力者は人間じゃない。矛盾と欠陥が生んだ感情のバケモノだよ。だから、そんな顔するな」
と言っても彼女の気持ちも分からないわけでもない。
昔、季はまだ一般人で子供の頃、俺に命を守られた。彼女は感情生命体の影響を受けやすく身体を乗っ取られやすい体質でだったのだ。そして、ある日不運にも実体のなく形而上的なー形態であった感情生命体の器へとなってしまい、受肉を果たした感情生命体は殺人事件を起こしてしまった。
結果として『漆我紅事件』とは違い感情生命体が完全に身体と結びつく前に俺達護衛軍がその対処をし、上手く解決できた一例ではあった。しかし、その代わりに感情生命体に乗っ取られて人を殺した季は少なくとも自身に罪悪感を覚え、強いPTSDにより『自死欲』に発展しうる希死念慮を抱くようになった。
それによる影響で自殺の可能性が考えられた李は数年間病院で療養生活を行っていた。その間、彼女は筒美流奥義に興味を持ちたった数年で上手く使いこなせるようになった事が要因で国に目をつけられて護衛軍へ入る事となった。
初めて彼女とここで再開し、積年の思いや自分から両親を守ってくれた事への感謝等が俺に対して話してくれた時、複雑な気持ちに駆られた。そしてそれは今でもずっと続いている。
「旅団長……お願い行かないで。貴方は私にとってヒーローだから」
「それじゃあ、応援してくれ。ヒーローが勝つところ」
俺は冷たく言い放つ。残念だが、俺は目の前の少女の願いを叶えられるほど優しくもないし、決して勝ち目の無い戦いに行くわけでもない。
「おおよその勝率は2割……あれだけ厳しい条件下の中だったら結構高い方だと思う。それで俺が命を落としたのであれば本部から応援が来るし、決して負けたとしても9割方は俺が死ぬ事は無い」
「でも、死ぬ可能性だって……!」
「もしそれでも付いてくるというのなら、お前が如何に弱いか証明してやる」
「……」
「かかってこい。一分間俺は特異能力を使わない。そして、その間に一発でも俺に喰らわせたら同行を許可してやる。お前なんざ能力を使わない俺よりも弱いという事だ」




