氷点下273.15度の情火 2話
どうやら李は煙草の方は持ち歩いている癖にライターを持っていない様子であった。逆なら喫煙者を相手にするような接客業の人間にいるが一体どういうつもりなのだろうか?
とりあえず、喫煙者が男女問わず成人の60%以上を占めてるからライターを買うのがめんどくさいし、持ってなくても借りればいいやというめんどくさがり屋な人もいるかと自分の中で納得させた。
「ライター持ってるなら火貸してくださいよ。私も一応喫煙者なんで」
「だから言ってるだろ。禁煙中だって」
「もしかして旅団長、アレですか? 受動喫煙は喫煙の内に入っちゃうタイプの人ですか?」
「……その、逆に入らないタイプの人ってなんだよ。あのな、煙草の煙は主流煙より副流煙の方が有害物質が多く含まれているんだよ」
何処かで聴いたことのあるような台詞が反論として口から出た。が、その台詞がなんであるかを思い出すと同時に李がオタクである事を思い出した。
「それってもしかしてあのアニメのセリフですか? 『発癌性の高いジメチルニトロサミンは主流煙が5.3から43ナノグラムであるのに対して副流煙では680から823ナノグラム。キノリンの副流煙にいたっては主流煙の11倍、およそ1万8千ナノグラム含まれている。つまり、実際は吸う人間よりも周りの人間の方が害は大きい』でしたっけ? もしかして、旅団長あのキャラクターに憧れてるんですかぁ? 確かに彼、煙草嫌いな癖に吸いますけど」
得意げにとあるアニメの台詞を暗唱する彼女。前にも同じようなやりとりを別の人間にされた覚えがあるがそんなに人気なアニメなのか?
「……いや見たことねぇよ」
「はぁ⁉︎ 義務教育ですよ。『ブライターザンホワイト』通称『BTW』の人気キャラ、セプテンバー9の有名台詞くらい言えて当然です。まぁ、団長はあのキャラクターに能力とか似てると思いますけど、性格は全然違うと思いますよ。彼に憧れてるならまずもうちょっとフランクでユニークに振る舞いつつちゃんとした嫌煙家である事をおすすめしますよ」
「分かった。頼む。頼むから俺の休憩を邪魔しないでくれ。頭痛くなってきた」
溜息を吐きつつライターだけを手渡す。
「はぁ……」
「吐くなら溜息より煙草の煙にしておいた方がストレス解消できて得ですよー」
「うるせ」
健康上タバコは身体的に害にはなるが、死喰いの樹があるせいで『自死欲』が蔓延している為、精神衛生上では得という事である。
李はタバコの火を付けようとしジッポライターの蓋を開けフリントウィールを回す。しかし、火は点かず何度やっても着火に失敗する。
「えっ点かないんですけど。オイル切れてるじゃないですか、ちゃんと補給して下さいよ」
「……悪い忘れてた。ちょっと返せ」
そのまま受け取り、今度は同様の手順で俺が火をつける。今度はちゃんと火花が散り炎がでる。
「え、ついた」
「このライター俺にしか使えねぇから」
「なんでだろう、何かのマジックですか?」
「そんなところだ」
そのままライターに火を付けたまま俺は彼女の煙草に火をつける。
「……結局受動喫煙するんですね」
「お前を無視した方がめんどくさそうだからな」
俺はまた死喰いの樹の方角を眺める。
「ふぅ……今日少し肌寒いですね。まだ9月ですよ」
「へー」
多分、俺の特異能力のせいなんだろうなと思いつつ話を受け流す。
「ちょっと! 折角話題出したからもっと話に繋がるような返し方して下さいよ」
「天気の話をする時点でお察しだろ。もう少し膨らみやすい話題を出せ。なんかあるからわざわざ俺を引き止めてまで煙草吸ってるんだろ?」
そんな事を言うと彼女ははっと何かを思い出す。
彼女は戦闘時にはかなり優秀な癖にこういう所で抜けているというか、致命的というか。本当に頼むからしっかりして欲しい。
「あっそうそう忘れてました。重要な事があったのでそれを伝えなきゃでした」
「さっさと教えろ」
「はい。『公正教』が集会を開くそうです。旅団長に招待状が届きました。場所はシティーホールで日時は明後日。当日は信者……もとい洗脳された一般人も千人規模の人が来るみたいですよ。全く、頭のおかしい宗教はもう『樹教』で手一杯だっていうのに迷惑も良いところですよ」
『公正教』……それは『公に正しいと書いて公正』を体現すべく新設された宗教団体。この宗教の教えによると人は常に正しくあらねばならないらしい。このたった数ヶ月で一人の教祖から数万人規模の団体へと変化した。
特に都心部に信者を持ち、その殆どが街頭演説を聴いた人間に当てはまり、どうやらそれを聴いた人間は全員が『公正教』の信者となるらしい。そのせいで調査を行った護衛軍の軍人が任務から帰ってくると嬉々として『公正教』の勧誘をしつこく始めた。
結論を言えば洗脳された軍人は特異能力の影響を受けていた。感情由来物質……『ERG』の代謝が常人のそれとはかなり異なっており、常に周囲の『ERG』を吸い込んでいた。
細かい理屈は特異能力の為理解は不能であったが、いわゆる呼吸で言うところの過呼吸状態を脳に入ってくる情報や感覚でやられているのと同じ事が起きていた。
そうして、洗脳された人間は教祖が正しいと決めた事を行う言いなりとなり、それを侵すものは排斥しようとする。今回の場合めんどくさいのがそれが社会的には間違って無いとされるものが多い事である。
具体的な例で言えば、『公正教』にとっては煙草は悪である為喫煙者は悪人として罰を与える等である。何が基準となっているのか分からないが、罰と定められる対象は反社会的行為から日常的に行われる迷惑行為など様々だ。




