第一幕 16話 護衛軍大将補佐2
何も見えない暗闇が広がっている。黄依ちゃんは衿華が囮になったから多分この暗闇の外にいるんだろう。だけどこの暗闇、どんどん広がって、何となくだけど光が無い空間が広がっていっている気がする。
あと、この暗闇の中に泉沢先生がいる筈だ。先生にとっては普段と何も変わらないから黄依ちゃんから見えないここにいた方が有利。そして、衿華に何らかの接触をしてくるだろう。
それなら……『痛覚支配』を発動させよう。先生の特異能力の発動の仕方を見ても恐らく現段階で決め手になるような現象は起こさない筈。次に先生が取るべき選択肢が音の増幅による遠距離攻撃に絞られてくるから、傷つくのは鼓膜だけ……それなら耐えられる。それに万が一直接物理攻撃を仕掛けてきた場合、私の特異能力で先生の神経を断つ事が出来れば勝利を捥ぎ取る事が出来る。
いつ仕掛けてくるのだろうか……
暗闇のせいでやけに静かに感じる。
もしかして、黄依ちゃんの方に仕掛けに行ったのだろうか。
三十秒くらい経ったか、流石に特異能力を発動させているのが辛くなってきた。ふぅと呼吸する為に息を吐くと自分の息がまるで実態が無いかのように空気中に溶けていく。まるでこの世から音という物が無くなったみたいに……
待って……
本当に音が無い……!?
微かに聞こえる筈の空気の擦れる音や衿華の心臓の鼓動すら全く聞こえない。
まさか……先生が音を消した……?
「……」
駄目だ。声も出せない。でも、なんで音を消したの……?
先生は音で相手の位置を把握している筈なのに。そんな事したら先生も衿華の位置が分からなくなる……
そしてこの行動に何の意味があるの……?もう、3分半も残り時間が無い、先生だって時間は惜しい筈だ。
……という事はこれは衿華をこの場所に縛り付ける為の罠。衿華の体力切れを狙って、先生は外に出て黄依ちゃんの方を襲いに行った。実際、衿華の『痛覚支配』はもう1分と続かない。衿華の手を読んであえて悪手で打ってきた。
なら解除して、十秒間息を整える。その後、外にいる先生を強襲する……!『痛覚支配』解除……!
…………
……ぁッ……!?痛い……?
……あれ、衿華のお腹を殴られてる……? なんで? 痛い!痛い! 先生はこっちの位置は分からない筈なのに。痛い!痛い!
痛みで立てなくなり床に倒れこむ。
「さて、一人倒しましたか」
どういうこと……目と耳を使えない状態で私を感知したの? だけど、今はそんな事より……
気付くと、目も耳も使えている。前方約40メートルに黄依ちゃん、そして3メートル先に先生がいる。
先生が能力を解除した……? いやそんな事はない筈。多分次の現象を起こす為要らない物を解除した。第二楽章が音への干渉だった……次の第三楽章はもっと強力な攻撃がくる……
「衿華っ!」
「駄目ッ! その距離じゃ黄依ちゃんの攻撃は届かない! 私が一撃を入れる隙を作る!」
「『波形干渉』第三楽章……」
やらせない! 『痛覚支配』!
「動けぇぇえええッッッッ!」
「ッ!? 」
痛む身体を無理やり動かし、立ち上がって目の前の先生の方を向く。呼吸が粗くなっているし、痛みで集中出来ないせいで上手く特異能力を発動させる事が出来ない。そして、受けた損傷は治る訳ではないからやはりどこか体の状態はおかしい。だからこそ、先生は衿華が立ち上がって来るとは思わなかったはず。
筒美流対人術……
脚に力を込めると嫌なプチプチという音と共に痛みが走る。私はまだ全然練習が足りてないから凄く痛い! 紅葉ちゃんならきっと簡単に出来ると思うけど。
「序ノ項『花間』ッ!」
「第三楽章『引力』!」
先生の腕を掴んだ! 後は三秒あれば事足りる! 先生の神経を数秒でも良い、麻痺させる!
「黄依ちゃんッ! 今だよ!」
「勿論ッ! 『速度累加』」
先生が立てなくなりその場で倒れると共に、衿華の『痛覚支配』の制限時間も超え、猛烈な痛みが襲ってくる。
「ぐぅぅ……痛い! 痛い! でもこれで勝……えっ?」
前方を見ると黄依ちゃんが何かに押し潰されているかのように床に突っ伏している。
「くそっ! 身体が重い!」
「ふぃ〜。危ない危ない。これで二人とも行動不能で終わりかな? 大体二分か。二人ともよく頑張った方だよ」
気付くと先生が立ち、指揮棒を振っているのが見えた。
「さっどうしますか? まだ続けますか? 蕗衿華さん?」