蒲公英病編 54話 別離2
「……全く表情を変えないなんて、容赦が無くなったね。紅葉ちゃん」
判ちゃんは私の一向に変えない態度に対して口をついた。多分この表情の事は知らないのだろうが、もし彼女がこの表情の事を知っていたとしてもそんな皮肉には付き合ってあげる程、私にも余裕はなかった。
「……だから?」
軽く一言で私は返す。
「……判が変な事言ってごめん。でもさ、初めて会った時の紅葉を思い出すよ。判は知らないかもしれないけど、僕はあの頃から君の事がずっと気になっていたんだ。きっと初恋だし一目惚れだったと思う」
何故かここで私の事を真っ直ぐに見据える朱くん。
だけど、私はそんな事言われても何も思わないようにしたし、逆に感じたことをあげれば面倒だということだけにしようとした。
「……話がしたいから昔のよしみで付き合ってあげてたけど、流石にそれは嘘でしょ。あれは恋というより怖がってた」
冗談を言うような性格じゃない彼が最後にふざけて言った大嘘だと信じたかった。確か朱くんは私と初めて会った時、葉書お姉ちゃんの後ろでビクビク怯えていたから、そんな筈はないと確信したかった。
もしそれで私の事を好きになっていたとすれば、もしあの時の私を葉書お姉ちゃん以外の誰かが救ってくれていたら、こんなことになってはいなかったって何回でも叫んだ。
だから、もしそうだったとしてももう遅い。
朱くんが私にとっての瑠璃くんになれる筈は無かった。
「……はは、情に訴えても無駄か。本当に全く表情変えないし。紅葉も変わっちゃったんだね」
彼は笑顔になっていう。苦しそうな作り笑いだった。
「言いたい事はもうない?」
「うん、ありがとう」
彼の声が震えていた。
だから、私にとっても辛かったのかもしれない。
でも大丈夫。私が二人を殺すのはケジメだから。
本体が死ぬ事で連動して死ぬ事が決まっている婢僕の二人を殺すのは必要ない手順。
あえてそれを殺す事は私にとってケジメになる筈だから。
過去との別離。贄としての私から完全に決別するためにするための儀式だから。
大丈夫。私の心は大丈夫。
「最後に一つだけいい? 紅葉ちゃん」
悲しそうに。はち切れそうな、そんな声を出したのは判ちゃんだった。
「私たちとそこ双子。違いはなんだったのかな?」
…………
……
『これが一生か、一生がこれか、あぁ嫌だ嫌だ』
昔読んだとある悲恋の物語の一節が私の中で反芻する。
『どうしたなら人の声も聞えない物の音もしない、静かな、静かな、自分の心のぼうっとして物思ひのない処へ行かれるであらう、つまらぬ、くだらぬ、面白くない、情ない悲しい心細い中に、何時まで私は止まれているのかしら』
「これが一生か」
この世に産まれてすぐ親と心中を迫られ、樹海に置いていかれ、祖父に拾われ、ようやく始まった人生。
「一生がこれか」
それでも、未知の病に侵され、人としての生き方を奪われ、それでももがいてその手を悪に染めて、掴みたかった私達との幸せ。
「あぁ嫌だ嫌だ」
呟く言葉は一葉の様に空を舞う。
気付いた時には周りには濁り絵のような緋が燃ゆる秋の葉の様に地面に飛び散っていた。
「でもごめん。さようなら」
私は結果として彼女の問いに答える事ができなかった。それは瑠璃くんや翠ちゃんが彼女達と同じ立場になった時、彼等を特別扱いしようと思ってしまったからだった。
答えようとせずに彼女達を殺してしまったのはそれを図星だと思ったからだ。ケジメをつけるべきだった相手をもう大切じゃないと割り切ってしまっていた自分に絶望したからだ。
「違いはなんだったのかな……」
返答ができなかったからこそ、違いがわからなかったからこそ、この儀式はケジメをつける物では無くなってしまった。
この儀式は私の罪になった。
だから私は言葉発する。
「血はまだ赤かったんだね。ねぇ……瑠璃くん?」
きっとこの時の私はいつも通り酷い顔をしていたのだろう。
「……私が死にたいって言った時はちゃんと私を殺してね」
それを優しい顔で受け止め、首を振った彼に依りかかる。この顔は私の本当の意味での本質にまだ気付いていない様だった。
これは私の自死欲。死にたいという欲望。そして私はそんな欲望が凝縮され、命を持ったもの。
キミと真反対な生き物。
いつの間にか私は何かを割り切るために自分から『自死欲』になっていたのかもしれない。
「大丈夫。今度は僕が必ずキミを幸せにする番だから。もう絶対にそんな事は言わせない」
何かを覚悟する様に言葉を放つ瑠璃くん。
それを優しく見守る翠ちゃん。
この二人がこんな風に私の存在を認めてくれる事自体はとても嬉しかった。
だけど違うんだよ、瑠璃くん。
私を本当の意味で私の幸せを願うなら。
私は善意で『キミ』に殺されたいんだよ。




