蒲公英病編 53話 別離1
私──筒美紅葉は祖父が『蒲公英』去った後、朱くんと判ちゃんと対峙する。
「ははは……!」
朱くんが地面に倒れ、もはやいま起きた出来事に笑い声しかあげられていなかった。
「まさか僕たちとお爺さまの差がここまで圧倒的だとは思わなかったよ。だってさ、僕がこっちに気付いて向かおうとした後にそこよりも遠い場所から一瞬でこっちに来たんだよ⁉︎」
「それは貴方がこっちに来るの遅いから」
判ちゃんは呆れた様子で体を起こそうとする。
「よく今まで蒲公英さん、お爺さまから逃げられたよね」
「お爺さまの方が無理に詰めれば不利って事思ってたんじゃないかな。まぁ、今回の敗因は蒲公英さんがあれだけ取り乱しちゃったことだし。だから、お爺さまもこうやって他の人が気を引いてる中に割り込んでくる感じできたんだと思うよ」
溜息を吐きながら判ちゃんは此方をチラリと見る。もう戦意は喪失しているように見えた。
「正直これ以上やったところで勝ち目は無いし、あの双子の特異能力も未だにどんな能力か全貌は掴めない。どうするべきだろうね」
「紅葉を人質に蒲公英さんを返して貰うって手はあるけど、紅葉ちゃんが一番一筋縄ではいかない。まるで葉書姉さんがあの子に宿ったみたいだ。こっちが触れようとしただけでも普通に負けるよ」
どうするのか決めたのか、彼ら二人は両手を挙げた。どうやらもう戦う意思はないらしい。だが、油断するのも良くない為、私達はそれに応じて話に耳を傾けながら黄依ちゃんの特異能力──『僻遠斬撃』で即座に殺せる様に準備していた。
「降参だよ。でも、今更僕達は人を殺した罪から逃げるつもりじゃない。それに最初から君らを殺したいわけじゃなかったんだ。話だけしたい」
「だけど蒲公英さんは二人を見た瞬間本物の殺意を抱いていた。あの人に何があったのか分からないけど、こうなった以上家族と争うのも馬鹿らしいわ」
私はしばらく考えた後、力を込めた手だけは緩めず彼女達の話を黙って聞くことにした。
「成り行きというかね、私達は蒲公英病でチリになった後蒲公英さん……あの感情生命体の婢僕になったんだ」
「それで、さっき君たちが戦った下っ端の婢僕みたいに自由意志を奪う事は出来たんだけど僕達にはしなかった。それは彼女がお爺さまという存在への繋がりが欲しかったからなんだ。だけど彼は知っての通り害のある感情生命体であると分かるとすぐに此方を殺しにかかろうとして来る。だから、僕達や君を経由して彼に蒲公英病を感染させようとした」
二人は私を見るとコクリと頷く。
「……なるほど、それで?」
「恐らく蒲公英さんも紅葉ちゃんやお爺さまと同じく、漆我桜を恨んでいる。この死のない世界で殺したいほど、憎んでた」
「そして君たちが樹教と呼んでいる宗教団体の教祖の正体は紛れもなく彼女だったと蒲公英さんは言っていたよ」
漆我桜──200年前の原初の樹の贄と呼ばれる存在。私はその器として作られた贄だったのではあるが、やはり彼女自身が交わした200年の約束を裏切って私利私欲の為に現世に復活する様に仕組んだのか、それとも何かしらのエラーでその記憶を失ってしまったか。
「なんにせよ、彼女を殺すのにはお爺さまの力が欲しかったみたいだよ」
「それが私達や紅葉ちゃん、葉書お姉ちゃんの関係がこうなっちゃった原因。でも、蒲公英さんは私達二人を婢僕にしても自由意志を奪わなかった。最初は私達も抵抗していたけど私達がまたみんなで幸せに暮らせるならって事で蒲公英さんに協力していたんだよ」
復讐の為に『蒲公英』は200年もこうして感染者を増やしながら生きていたのか。しかし、その感染によって増えた死者は『婢僕』の数を見る限り1000を超えている。
「喩えどんな理由があっても罪のない人を殺すのは駄目でしょ……」
「そうだね。だからきっといつの間にか僕達からは願いを叶える為に善悪の呵責というのが無くなっていたんだ」
そして判ちゃんは呟く。
「もう、あの頃には戻れないね」
とても哀しそうに彼女は私達を羨むような表情をする。私は只、無表情にしかなれないから同じように言葉を呟いた。
「今のあなた達にはそれを呟く事すら烏滸がましいよ」
そう。私達はもう戻れない。
どれだけ願ってもあの一緒に修行した時間は戻ってこないし、どれだけ努力しても祖父に一緒になって怒られた時間も戻ってこない。
一緒に本を読んだ時間も、一緒に鬼ごっこした時間も、一緒に樹海の中を探検した時間も、一緒に切手兄さんに悪戯した時間も、一緒に修行から逃げ出した時間も、一緒にご飯を食べた時間も、一緒にお風呂に入った時間も。
私達が積み上げてきた7年間の絆のそのどれもこれも戻ってこない。
「紅葉……」
瑠璃くんは私を心配して声をかけるが、すぐに大丈夫だと言って手を出させなかった。




