蒲公英病編 51話 ダンデライオン7
「黄泉の手向けに教えてやろう。貴様が何故俺に勝てないか。なんでもいい一つ質問するといい」
俺はそのまま防御術の応用により固体化したERGで彼女の手足を拘束した。
「はぁ……筒美封藤……貴方はこれ程の力を持って尚、どうして『ヒト』として自身を保てているの……?」
『蒲公英』はそのまま肉塊から飛び出して、肩で息をしながら俺を見た。
「……そんな基本的な事をか。まぁいい、それで貴様が救われるというのなら答えてやろう。心情が体を表すこの世界で己の存在を『ヒト』と定めない『人間』は普通はいない。つまり、そういう事だ。『俺が』ではなく『お前が』、『ヒト』でいられなくなった。俺の本質はどこまで行っても人間で、お前の感情の本質は獅子の様に尖っていたものだった。たったそれだけの事だ」
それを聞いた彼女からは涙がぽたりと落ちた。その理由は詳しくは知らないが、恐らくその涙こそが彼女にとっての存在理由で行動理由だったのだろう。
「別に軽蔑しているわけではない。推測するに貴様は己以外の誰が為に獅子となる事を選んだのだろう。どうしても愛する者を救いたくて『ヒト』ではいられなくなったのだろう。それを馬鹿にすることなど誰にもできない」
「何故……その事を……?」
彼女はその言葉に反応してどうしてその事を知っているかと聞いてきた。
「200年前の歴史──旧政府が自らの失敗を隠蔽する為に全てを闇の中に葬り、現実には樹の贄という役割だけが現在に残った。分かるのは現存する歴史と王に9人の少女の妻がいたことだけ。そして少女達は真の愛に飢えていた。お前もその一人であったのだろ?」
「……なるほどね。貴方は歴史を知りたいと」
「……ならば、やはり貴様は『雁来蒲公英』。王の第3夫人本人で間違いないな?」
しばらく、彼女は目も口も閉じてただ心だけを落ち着けていた。そして本人の中で気持ちが整理できたのかようやく口を開いた。
「えぇそうよ。答えてあげるわ。私の本当の名は『雁来蒲公英』。紅ちゃんの3人目の妻で旧姓は蕗。貴方達のいう特異能力者の家系の先祖よ」
「……そうか。やはり予想は当たっていたのか」
だが、それでは益々『自死欲』を名乗るあの少女の正体が紅葉の先祖である『雁来桜』若しくは『漆我桜』だという可能性が大きくなる。
「私はあの樹が憎くて仕方なかった。楓ちゃんも紅ちゃんも飲み込んだあの樹が。だから、約束を破って樹を乗っ取り自分の力にして、二人を独り占めしようとした桜が許せなかった」
「楓……第二夫人だった少女か」
「私を救ってくれた女の子。きっと未だに楓ちゃんはあの樹の中に閉じ込められている。私はあの子を救いたくて……」
さて、ここからだ。200年、『自死欲感情生命体』が出現した理由は雁来紅が原因とされているがその理由は是か否か。そして、のちの贄の子孫とされる漆我桜は本当に『自死欲』を封印した本人なのか。
「『自死欲』の正体。それは雁来紅が原因で生み出された民衆達の自死欲の集合体で間違い無いのか?」
それは言い伝えで言われている、200年前の歴史の最後の一章。その後、贄となるべくしてなった漆我桜により自死欲はあの樹の姿へと封印されたのだが……
「なるほど、歴史ではそういうふうに解釈されていたのね。殆どの当たってはいるのだけど、核心的な部分では少し違うわね」
「という事は『自死欲』は少女達の中の一人が人柱となって生まれた感情生命体という訳か」
「そうね。それが楓ちゃんよ」
未だに樹の中で閉じ込められているというその楓という少女。桜はその楓を樹から復活させる為に紅葉の身体を乗っ取り樹教を設立した。その過程で全人類を感情生命体にする事が必須であるという事なのか?
「彼女の苗字は色絵」
「なんだと……?」
瑠璃の先祖に自死欲……どういう事だ。それにコイツはその子孫である瑠璃や翠に対して異常な殺意を抱いていた。そして、仇であるはずの桜の子孫である紅葉に対して好意的な感情で見ていた。なんなんだ、この矛盾は。
「私達の時代では代々名家に仕えた公用人を務めた家系よ。元々は漆我家に仕えていて、桜とも紅ちゃんともそこで知り合ったみたい」
「待て。お前、本当に紅葉の正体を知っているのか?」
すると当然のように彼女は答えた。
「紅葉……? あぁ、楓ちゃんの器の事ね」
「……」
これは一体どういう事だ。彼女の話が本当なら、10年前の事件の真相は……
「だってあの子、樹の贄だったんでしょ? 樹の贄、つまり『自死欲』の受肉体として死者を復活させられるのは楓ちゃんに近い女の子だけ。だからあの子って『色絵家』の血を引く女の子なんでしょ?」




