蒲公英病編 50話 ダンデライオン6
私が発信機を付けてから体感5秒も経っていないくらいだった。おおよそ此方についてから0.1秒も無い刹那。たったそれだけの時間でこの場の情報を全て網羅し、全て制圧した。
これが祖父の本当の実力なのだ。
「筒美……封藤……ッ! 私なんて指一本でも充分という事かしら。そんな油断を持つ心……へし折ってやるわ!」
「これを慢心だと思っている時点でお前はもう負けだよ」
祖父は周りをチラリと見た後、器用に爪を押さえている指を軸に空中をくるりと一回転する。
気付いた時には蒲公英は空中へ放り投げられ、いつの間にか来ていた朱くんも、それに加勢した判ちゃんも祖父の足元に倒れていた。
「……へ?」
反応が遅れた各面々は呆気に取られた顔をする。
「紅葉、俺はヤツに話がある。亜空間にヤツだけ閉じ込めるから判や朱の事頼んだぞ」
祖父は『蒲公英』のいる空中の方角に蹴りを入れる。すると、空間が軋みその間だけ切り開かれ、それに『蒲公英』は吸い込まれていった。
「そうだ、雑兵どもの数も減らしておいてやる。伏せろ」
咄嗟に私は翠ちゃんと瑠璃くんの頭を掴みしゃがませた。
「ヤバイッ!」
気付いた時には当たり一面が灼けていた。樹々達はその性質上燃える事はなかったが、普通燃える筈の無い婢僕達は崩壊していた。
「それじゃあ、二人を頼んだ」
彼はそれだけ言うと自らが作った空間の歪みに入っていった。
「なにあれ?」
「……こわ」
「あれが祖父だから」
まるで嵐が過ぎ去った後の様な虚無感が私達を襲うが、祖父から頼まれた事を成し遂げなければいけない。
私達はこうして、元家族である婢僕との決着をつけようとするのであった。
☆
俺──筒美封藤は今ようやく孫達を殺した感情生命体──『蒲公英』を追い詰めることに成功した。
そして、奴をこのERGによって作った亜空間に閉じ込める事で逃げれない様にした。この亜空間はいわば一つの結界の様なもの。だが、大きさは俺が捌けるエネルギーの限界量……つまるところ無限大に極めて近い広さとその全く別の0に近いごく狭い面積として相手を認知させる事もできる。そのため幾ら中から衝撃を与えようがエネルギーはたちまち発散され逃れることも俺が許可するか死なない限りできない。勿論、現実の空間との時間は狂っており、幾らここで時を過ごそうが時間が経たないようにする事だって可能である。
これが筒美流奥義対人応用術"始ノ項"──『空花乱墜』。実際には存在すらしない亜空間という空間を対象の人間にだけ知覚させる技。発動条件は発信機を付けた相手に攻撃を加える、たったそれだけである。
「さてと、ようやく貴様を追い詰めた。どうやら貴様も最高のコンディションで戦えていなかったようだが、来るなら来い。ここなら互いに暴れても周りに影響はない。本気でなきゃ死ぬぞ?」
目の前に立っていた『蒲公英』は少女の肉体を全て獅子の姿に埋め、こちらを唸る様に見ていた。この形態は初見ではあるがこれまでの感情生命体を相手取ってきた経験則上、そのように形態を変化させる場合はとある能力に特化させる事が多いので有る。
そして今回はサシ専用の攻撃特化型で有ることが俺を今にも殺さんばかりの衝動で理解できた。
「確かに貴様は感情生命体の中でも5本の指に入る位には人類に大きな被害を与えた。俺の家族も巻き込んで本当に厄介な事だ。だがな、覚えておけ……」
そして、一気に此方との距離を詰める『蒲公英』。今までよりも格段に早く恐らく光……つまるところ視覚では捉えられない程の速度は出ていた。
しかし、
「──俺は貴様より強い感情生命体を両手の指じゃ足らない位には殺してるんだよ」
ドンと地面に当たる鈍い音。
正面から突っ込んできた彼女の力をそのまま受け流し地面に叩きつける。
「──ッ!」
「貴様も己の身体をERG体にできるか。だが、その速度ではERGの質量は軽くなり力は拡散する。お前は技術自体は恐ろしいほど高いがERGに関する知識とそれを実践に活用する事できていない」
冷静に、そして冷酷にその四肢を捥いでいく。
「ァガッ!」
「再生はできる様だが、その身体を作り上げるのに既に力を使い果たしたか。粗末なものだ。貴様らの有利点は再生能力だろ」
皮膚が回復する為に焼ける様な音と煙を立てて『蒲公英』は元通りの人型になっていく。見えた顔は既に恐怖に引き攣った顔となっていた。




