蒲公英病編 48話 ダンデライオン4
先の空振りの真相は絶対回避の特異能力である。
どんな膨大なエネルギーを保存し、別ベクトルに放出する。自身の身体に触れずとも自ずから排出した『ERG』に対象を触れさせるだけでその能力は発揮する。
私の手助けにより一帯に瑠璃くんが作ったこの空間はいわば第一段階。異物の索敵及び質量の軽い物質やエネルギーの少ない物質を認知し操作するに過ぎない。
しかし、第二段階となる彼の周囲5メートル以内からはそうともいかない。この射程に入れば彼の能力はいわば局所集中型の転移能力と化し、自分に向けられた攻撃は全て空を切るように外れてしまう。これが瑠璃くんに一切の攻撃が通らない理由であった。
そして、彼の口から出た『絶対領域』という言葉。『物質操作』の第三段階では理論上ありとあらゆる事象、概念、干渉をも通さない、絶対不可侵領域となる。
つまりは、手を出したらその時点で負けが確定する。
先程のやり取りで頭に血が登った判ちゃんは考える事無く、その領域へと手を伸ばす。
「ッ⁉︎」
その領域に触れた指先から崩壊していく肉と骨。手の甲全体がその領域に入った時点で違和感に気付いたのか手を窄める判ちゃん。
「……どうしたの? 来ないの? なら僕からいくよ」
ゆっくりと手を伸ばす瑠璃くんを警戒してか、咄嗟に下がる判ちゃん。その顔には冷や汗が浮かんでいた。
「……そううまくはいかないか。流石、紅葉の家族だよ」
「一介の感情生命体とは格が違う。本当に生物……アナタ?」
確かに瑠璃くんから溢れ出る『衝動』は並のモノとは一線を画する。人間対しては無害な『生存欲』であっても、感情生命体に対しては他者の感情は猛毒となりうる事がある。たとえそれによる直接的な損害が少なくても、確実に身体を蝕む感情は他の感情生命体ましてや婢僕にとっては多大な不安定要素になる。
「人間に味方する感情生命体。本当に気味が悪いね」
「そちらこそ紅葉の家族の癖に何も言わず不意打ちだなんて最低だね」
睨み合う二人に先程感知した複数の婢僕と『蒲公英』が割り込んできた。翠ちゃんに転移させられ引く瑠璃くんは私の隣に現れる。
判ちゃんは『蒲公英』の方へ引き体制を立て直す。
「あら〜今度は三人……随分と賑やかじゃない」
無数の歩く花々を引き連れて現れた、巨大な蒲公英の花。その頂点には報告にあった衿華ちゃんに似た少女。
「蒲公英さん、ごめんなさい。一人で突っ走っちゃって」
「いいのよ〜アナタが先に行ってくれたお陰で、ちゃんと目的の子だって確認できたし」
確かに顔は瓜二つだが、出している雰囲気が全く別物。
「ちゃんとあの子の血を継いでいる」
彼女の私を見る目は明らかに好意的な者へ向ける目であった。だけど、言っている事が全く分からない。樹教と接触した可能性もあるし、既にタナトスの支配下にある可能性はある。
互いに様子見段階ではあったが、彼女の視線は私だけに向いていた。
だがしかし、ふと瑠璃くんと翠ちゃんを交互に見る。そして数秒間固まったあと、頭に血管が浮き出てきてまるで苦虫を噛み潰したような顔に彼女の様子は変化する。その変化は周りの婢僕達にも伝わり二人に対する視線は常軌を逸した感情へと変わっていく。
「……桜? は? 桜、桜さくら、さくらさくらさくら え? 桜? なんで二人?」
『蒲公英』の本体らしき少女がそれを言うと続いて周りにいた無数の婢僕達も合唱のように喋り出す。
「なんで二人もいるの?」
「なんで二人もいるの?」
「なんでかな〜?」
「なんでだろう〜?」
「それはね、それはね」
「それは? それは?」
気持ち悪い無数の声が一帯に響き渡る。そして、『蒲公英』が引き連れてきた婢僕たちは一斉に開花を始めて人型へと形状を変化させる。
「桜を二回も殺せるチャンスをあの子が与えてくれたからだよ」
感知できただけでもおよそ1000。蒲公英病による死亡者とおおよそ同じ位の数。夥しい程の人型婢僕が私たちの周りを包む。まともに相手をすれば部が悪いし、おそらく一体一体が触れただけでも蒲公英病に感染させられる厄介な奴等。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
完全に対話は不可能。『蒲公英』本体は怒りのあまり我を忘れている様子であった。
「嫉妬……? さっきまでとはまた別の感情」
瑠璃くんはそう呟くと翠ちゃんに合図を送る。頷いた翠ちゃんは両手に二丁の機関銃を転移させる。
「紅葉、カバーお願い。今ここで決めるよ」




