蒲公英病編 38話 報い
最初からこうなることは分かっていた筈なのに、目的遂行を理由にして手段を選ばない行動を選んだのは私達なのである。
「少し休ませてくれ」
成願大将は息を整えると部屋を出ていった。
「これであのジジイ、もう外も出歩けねぇな」
「何言ってんの、青磁にーさん。私達も同じようなもんでしょ」
「……それは少し違うな。俺様達は超能力が使える異常者で、あいつはそれを隠してた悪いヤツ。俺様はよお前らと違って良識はないが常識はあるつもりだ。だから、これでもあのジジイを少しでも助け舟を出す為にジジイの行動理念を記者達に伝えた上で反論したんだ。だが、奴はそれに乗らなかった。それに記者達が俺様の言葉を再放送で切り抜いてくれる保証は全く無い。最初からこんなことに加担しといてあれだが、他に方法は無かったのかよ?」
私もそれについて少し考えた。
だけど、元々護衛軍に対して世間の目があまり良くなかったという状況を踏まえていると誰かを分かりやすい叩き材料として吊し上げるしか無かった。
「祖父、大将に家族は?」
「いないな、俺と知り合った時から天涯孤独だ。奴の出身は貧民街である関東圏。両親の居ない子供が生きていくには厳しい環境だな。だが、後腐れなくできたおかげで上手く事が進んだ」
祖父の言うとおり、一番後腐れなくできてかつ護衛軍でかなりの上部層に位置する彼と祖父だった。
ちなみに関東圏は死喰いの樹の根及び『自殺志願者の楽園』に囲まれた謂わば孤立した地区であるのだ。北陸地方とは違い、死喰いの樹の根の下にトンネルもない為、インフラすらままならない。そして、感情生命体の出現率もここ中部地方に並んで一番多く、死喰いの樹発生前に貧民層であった人や外国人等差別の対象となっていた人、犯罪者が『数減らし』の為に送られた場所でもある。
ちなみに『数減らし』とは死喰いの樹発生初期、ERGを食料転用出来る技術がない時代に行われた、悪しき歴史である。ただでさえ少ない土地と食料を『そういう人間』に使うのは良くないという全時代的かつ、富裕層の利己的な政策の元行われた強制移住である。
現在では私が前訪れた北陸地方の工場でERGを食品へと加工する工場がある為、もう無くなったものではあるが、これを行った旧政府は現在の護衛軍を作った祖父らの創設メンバーによって潰されたという過去もある。
そして、関東圏のように孤立している地域は週にニ度来る船による定期便でしか調達できない。その逆もまた然りでたとえ船によって出入りが出来たとしても、関東圏出身というだけで今でも風当たりが強い傾向に有るのは確かで、それを実際に行った黄依ちゃんのお父さんがどれだけ酷い目にあったのかというのはもう言わなくても分かる筈だ。
関東圏は護衛軍や祖父でも手をつけられない場所である為、違法薬物・宗教・人身売買・疫病等が蔓延している。また、これらが原因で感情生命体も発生しやすくなっていることから負の循環ができている。
話を戻すが、そんな場所で生まれ育った成願大将に対して、本当に同情をしてしまいそうにはなる。きっと、今回の件でも自らが差別を受けてきた側の人間であったから、私達を守る為に何年も何十年も特異能力者の存在を社会から秘匿してきたのだろう。
それをたったの一瞬で踏み躙られて、兄貴と慕って付いて行った人間にすら信用をしてもらえなくて、挙げ句の果てには社会から悪者扱いされるのだ。
「……そっか」
だが、私が心配しているのはそんな彼もまた特異能力者の一人である為、心に『欠陥』を持っている。それが、悪い方向に働かなければいいのではあるが……
「私達が酷いことしすぎて、校長先生裏切ったりしないよね……?」
「今まで特異能力の代償にしてきた『報い』として片付けられるならまだしも、やっぱり僕達が黙ってたのは良くなかったですよね」
翠ちゃんと泉沢さんは気まずげに言った。
「その辺、祖父はどう思ってるの?」
すると彼は溜息を吐き呟いた。
「こんなことで裏切るくらいなら、とっくにアイツは死んでるよ」
それを言うと祖父は葉書お姉ちゃんが死んだ時のような顔になり、泉沢さんと共に成願大将を追うように部屋を出ていった。
私はそれを見送った後、泉沢さんの言った言葉に少し引っかかりを覚えた。
「『報い』ねぇ……」
「どうしたの? 紅葉ねーさん」
「いや、なんでもないよ」
心配そうに覗く翠ちゃんを尻目に、私は自分の頬を撫でながらふと考えた。
『もし、全ての行動に『報い』あるのなら、私は自身の願いの為にあとどれだけこの手で人を殺して、その罪を償う為の代償を払えばいいのだろうか』
過去を振り返ると私の歩んできた人生は私が幸せになろうとした事が原因で不幸になっていた。
『『生きていたい』という今の私の願い。それに反して現れる犠牲という『報い』』
今まで、殺して欲しいと思って生きてきたのに、それが色々な事が原因で出来なくなった。だからもう死ねない、そう思った瞬間に私は『報い』としてきっとこのままじゃいつか誰かに殺されてしまう、そんな予感が今まで無意識下の中で渦巻いていたが、それがようやくハッキリと言語化できた。
そして、その瞬間だった。
「紅葉」
後ろからの抱擁と共に、彼──瑠璃くんの声が聞こえた。




