蒲公英病編 37話 会見8
敢えて情報過多にし相手を混乱させ、纏めて本意だけ最後に伝える。祖父や青磁先生が良く使う喋り方だった。
そんな喋り方にしたのは第一に相手に話のフォーカスを散らした後、明確な誘導を行う事で決断を早くさせるのが目的。
通して話を聴けば一見支離滅裂に思えるが、予め内容を絞っている為情報を整理すれば理屈は通ってるし、都合の悪い事は言っていない、都合の良いことは後からそういう意図も伝えたと言えば罷り通る。
だが、本来ならこういう喋り方は信頼を得たい時にやるべきでは無いのだ。
しかし、この状況は違う。
幾ら祖父がこの場から追放されたと言っても、またいつ戻ってきていつ制圧されるか分からないという事は先程の祖父の『実演』によって彼等にとって明白なのだ。
焦って全てを伝える為に情報過多が許される状況が私達にはどうしても欲しかった。
記者達の反応を見次第、中継されている全ての情報も切断させ、今の状況がいかに緊急事態であった事か演出もしようとしたがそれはもう必要無いみたいだった。
それに祖父はこの中継を見ている人に『衝動』を喰らわせた。それが意味することはつまり『痛覚支配』による精神浄化作用を同じように視聴者にも与え、私達の存在が『安心』そのものであると誘導する為だ。
『痛覚支配──精神浄化』と『僻遠斬撃』の併用でカメラからこの能力を伝播させる。蒲公英病程の重い『衝動』となると全ての人に対して鎮静化しようとすると生命を対価にしなければならない程エネルギーは使ってしまうが、今回のは『衝動』は私が治す事を前提としたもの。だから、そこまで体力を削られるものではない。
カメラ達も私の方向を向いている為丁度よかった。私は彼等に懇願すると同時に特異能力を発動させた。
瞬間、カメラ以上にこの場に居た人全ての目線が私に集まる。注目というよりかは私を撫で回すような視線。好意的な目で見るような視線。可愛いアイドルや美しい女優を見るような視線。おおよそ私なんかに向けられていいようなものではないそれは、私の心臓の鼓動の音を一気に萎えさせた。
人を洗脳しているみたいで気分が悪かった。衿華ちゃんの能力はそんな能力じゃない筈なのに、私が私として認識されてない様な、まるで私が衿華ちゃんそのものになってしまったような感覚だった。
私の様子を見ていたのか、青磁先生と翠ちゃんはもういいと手でサインをし私を止めた。
さて、私達の目的はこれで達成できたし、後はメディアの人達それぞれが判断してくれるだろう。とりあえず成願大将を回収して退散という手筈でいいか。
そう思うと私の意図を理解したのか、青磁先生が会見を終える旨を説明し始めた。粗方予想通りいってくれてよかった。これも翠ちゃんや泉沢さんの協力や祖父や青磁先生の根回しのお陰だろう。
青磁先生が一礼をしたのでそれに合わせて私も礼をした。そして、翠ちゃんはそれに合わせて成願大将に直接触れ、祖父のいる場所へ瞬間移動させた。
このことは表上私達によって行われたことになるが、裏では結局、祖父の根回しによる所も多い。前回の『恐怖』の時のように懲戒処分を受けることはない筈だ。それに、今度は大衆が味方についてくれる筈。
色々大きなリスクは孕んでいるが、よっぽどのことがない限り多分大丈夫だろう。むしろ、『筒美紅葉』という虚像がもし大衆にとって安心できる存在となるので有れば、私が本当の自分を取り戻すのにも大いに役に立つのかもしれない。
そんな事を思いながら翠ちゃんに触れられ私も祖父の元へと瞬間移動させられた。
一瞬で風景が入れ替わると、そこは青磁先生の研究室であった。
「帰ったか」
「お疲れ様、三人とも」
祖父と泉沢さんは私たちがこちらに着いた事に気付いたのかすぐ声をかけてきた。どうやら成願大将はこの状況に察しがついたのか、物凄く怒った様子で祖父を見て喋る。
「今までの俺の根回しは無駄だったということか?」
皆が気まずそうにしている中、ふぅと息を吐き祖父は彼に言葉を返す。
「いいや、お前が俺達の動きを知らなかったからこそ、ここまで効果的にできたんだ。すまんな、黙っていて」
すると、成願大将は少しだけプルプルと身体を震わせた後、大きく息を吐いて弱々しく言葉も放つ。
「……そうかよ」
確かに成願大将からしてみればいきなりみんなが裏切って秘密にすべきだった情報を公開したようにしか見えないし、もし私達の意図に気付いていたとしても自分がこの作戦を護衛軍の一幹部として、一戦力として信頼されていないのだと堂々と言われたようなものである。




