蒲公英病編 35話 会見6
時間は数日前に戻る。
私、筒美紅葉は久しぶりに祖父と青磁先生三人で青磁先生の部屋に集まって話していた。
「んなわけでよぉ、家保のジジイよぉめっちゃ俺様達にイキってたんだよ」
「知るか阿呆。アイツはアイツなりにお前らのこと心配してんだよ」
「まーああいう能力なら気持ちは分からなくもないけどさ」
割と祖父は普段人に見せないような素の姿を見せ普段よりも柔らかい雰囲気ではあった。
「んでさ、どうすんの? 蒲公英病を根絶するには世間に特異能力の事公開した方が良いと俺様は思うんだけど」
「それさぁ、普通に公開しちゃって良くない? 逆に隠し事してたら不信感植え付けてるの同じじゃん。隠してる理由は分かるけど流石に今回の作戦は無理あると思うぞ」
そう、もしも特異能力の事を公開せずに特効薬の効果について説明なんて出来る筈も無かった。それは薬について詳しくない人間なら誤魔化せるかもしれないが、民衆もそんなに学がない訳ではない。結局、不信感を植え付ける結果となって蒲公英病根絶は不可能になってしまう。
「家保のジジイの会見で様子見はするけどよ、十中八九無茶だな」
「……だが、家保には今まで様々な事を隠蔽する様に頼んできたし、それが奴の矜持に反くからアイツはこの話を聴いても納得しねえだろうよ」
「ほむ……それは仕方ないよね。んでどうすんの? 何か案あるの?」
私が祖父を見ると彼は廊下に繋がるドアの方を見た。するとそこからノックする音が聞こえた。
「心配ない、全部仕込んだから今から段取りを説明するぞ」
祖父がその言葉を言うと、研究室に三人入ってきた。一人目は翠ちゃん、あんまり乗り気では無かったけど、仕方ないかと言った表情だった。二人目は泉沢さん。前回、祖父に連れてこられた時と同様に引き攣った顔をしていた。そして最後の一人は……。
「あれ……入軍試験の時以来じゃない? 箱柳くん」
「お久しぶり、筒美さん。なんか僕こっちに呼ばれちゃってさ」
もじもじとしている彼の名前は箱柳勇気。今から大体半年位前、私達が護衛軍に入る為の試験を受けていた際、衿華ちゃんと共に私と同じグループになった同い年の男の子だ。彼もまた機関出身の特異能力者である。しかし、虚弱体質な為元より戦闘能力がなく護衛軍の適性がない為准尉という形でスパイとして『焔』を支援する新聞社へと潜入していた。彼はいわゆる『自身の中に好きな人格を多数作成出来る』特異能力──『人格形成』で違和感なく演技を行える技術を持つ人であった。
「おい紅葉、誰だれだよこのもやし? ちゃんと玉ついてんのかよ?」
「初対面でもやしはひどくないですか? 後者は否定しませんけど」
「は? 今なんつった?」
彼もまた、ふみふみちゃんや白夜くん、朝柊ちゃんみたいに『例の殺人鬼』の被害者ではあるのだが、今は関係無いのでややこしい話になる前に私が会話を遮る。
「えっーと! 箱柳くんは特異能力者だよ。彼の凄いところは見た人間の思考を完全にトレース出来る事。状況把握には一番早い能力だね」
「そんな褒められるような能力では……結局筒美さんの人格もトレースできなかったし……」
何故か照れる彼を無視して翠ちゃんが喋る。
「せんぱーい、黄依ねーさんのマネしてよー」
「えっいやだよ……」
急に彼は死んだ魚ような目になり、拒否する。確かに彼の気持ちも分からなくないこともない。
黄依ちゃんの過去を追体験した私から見ても彼女の人格はかなり破綻している。保ててるのは多分彼女にまだ理性が残っていたから。何がきっかけでそれが崩れ去るか分からない。
というか、特異能力者の大抵はそんな感じだから彼らの人格をトレースするのはあんまり良くない事だと思う。
私の人格をトレースするにしてもそうだ。少し前の私はお姉ちゃんの意識と私が混じり合っていた為ただ単に乱雑な為分かりづらいものであったが、今の私はお姉ちゃんだけではなく、黄依ちゃんや衿華ちゃんの意思まで混在している為、もはや不定形と形容しても足りないくらいには理解し難いモノとなっているだろう。
私の話は置いておいて、彼がいるということはどうせロクでもないような事なんだろうなと思いつつ、そうして祖父の段取りを聞き私を含めたこの五人は協力する事となった。
つまり、私達は最初から祖父の指示通り祖父を悪者としてこの会見の場から追放したのだ。




