第一幕 14話 護衛軍大将補佐1
7メートル先に泉沢先生がいる。男性にしては長過ぎる程の髪の毛を束ねた先生は目を閉じながら、細長い指揮棒を片手に持ち構える。あれが先生の特異兵仗。それと同期しているかの様に先生は音に干渉する特異能力を持っている。
「別に攻撃しても構いませんよ」
一見隙だらけに見える。だが、相手は大将補佐。上から数えて大将、旅団長、大将補佐と三番目の地位に就く人。
ならここは距離をとって試しに攻撃を仕掛ける。
衿華に合図をすると頷き、先生の後ろに回り込む。彼女には特異能力を発動し威圧をし続けて貰うのが良いだろう。理由は衿華の能力が先生に届けば勝負は一瞬で決まるからだ。それには衿華が先生に触れる必要があるが、そこに居るだけで相当な邪魔にはなる筈。
そして、私は僻遠斬撃を発動させる。もう一つの私の特異能力、衝撃を伝える能力。先生に試すのは初めてだけど、どこまで効くか……。それに攻撃が衿華に当たらないようにしないと。
空気を思い切り吸い込んだ後、腕に思い切り力を入れる。腕に何かが集まってくる感覚があり、それを放出させると花びらのような形の空気が腕から出てひらひらと舞い始める。そのままの状態で拳を先生の方に差し出すと、大きな圧が空気を動かし風を巻き起こしながら先生に向かっていく。
筒美流奥義攻戦術『花紋』。
完成度は低いけど私も強くなる為に紅葉から教えてもらったんだ。本来なら直接攻撃するしかない高火力技だけど、僻遠斬撃のある私なら離れていても攻撃が圧力に変わって相手に届く。
「えっ……何……?」
だが次の瞬間、空間が歪み先生の居る場所がさっきとは変わって見えた。
いや私の視界に干渉してきた!? でも、先生の特異能力はそんな能力じゃなくて音に干渉する能力の筈。
……どういう事ッ!?
「……ッ!? 不味いッ!」
的を外れた攻撃は衿華の方に向かっていく。それに気付かなかった衿華はそのまま攻撃を受け飛ばされる。ギリギリで衿華は反応して、特異能力を使っていたので軽傷で済んだが何が起きたか分からない様子で困惑している。
「痛い……どうして衿華に攻撃が……? これは黄依ちゃんの僻遠斬撃……? さっきまで黄依ちゃんは先生の方を向いていたのに……」
一旦立て直す為に衿華を高速で拾い、先生の間合いから外れる。
「どうして衿華に攻撃が……大丈夫?」
「痛いけど……まっまだ立てるから……心配しないで」
先生は優雅に指揮棒を振り続けている。
という事はこれは先生の特異能力で間違いない。まさか先生も二つ持ち……? 私達に隠していたの?
「二人とも、困惑していますね。そんな音がします。ですが、別に僕は特異能力を二つ以上持っている訳ではありません。今から答えを見せますよ!」
先生の周囲の空気が指揮棒の動きに合わせて吸い込まれていくように見える。
「『波形干渉』第一楽章序曲『灯り』。どうぞご堪能ください!」
忽然と視界の中から消える先生。
「消えた……!?」
「光……音……ウェイブ……波……?」
そういう事か。
……分かった。合点がいった。先生の特異能力は波と定義されたものに干渉する能力。今までは音の波の振幅を大きくしたりして私達の心臓の音を聴いていたんだ。そして、さっきのは飛んでくる光に干渉して私と衿華の視界を歪めて、先生と衿華の位置を勘違いさせた。
「今度は先生が周りの光を捻じ曲げた……」
「どういう事っ? 黄依ちゃん!」
「多分先生は光とか音とか波の形とされている物を操れる! 次は視界を完全に奪われると思う!」
急に目の前に先生が現れる。
「えぇ、ほぼ正解です。僕の特異能力、『波形干渉』はそういう力を持っています。さて、距離を詰めました。僕が敵ならもっと容赦はしませんよ」
「ッッ……!」
既に視界がどんどん捻じ曲がっていくのがふらついている足で判る。距離を取る事が出来ない!
いけない……分かってはいたけど完全に先生側の流れが強すぎる。此方が一手を刺すと既に十手仕込まれている感覚がする……
「第一楽章の概念は『目が見えているという事の幸せさ』。そして、最後には僕と同じ暗闇を体験して貰いますッ! 第一楽章終曲『暗黒』!」
「逃げてっ! 黄依ちゃん! 私が時間を稼ぐ!」
どうする? どうする? 本当にその判断でいいの? ちくしょう……何も思い浮かばない。
「速度累加ッッッッツ!」
足を踏み込み、数秒間自身を加速させる。この部屋は縦横に50メートルある。たとえ先生でも部屋にある全ての光に干渉できない筈。頼むわよ衿華……
「霧咲さんを逃がしましたか。いい判断です、蕗さん。しかし、どうします? この暗闇を」
部屋の隅に着き、振り返ると中央の直径20メートルに全く光が差し込まない暗闇に包まれている空間が見えた。
既に一分くらいだろうか……後4分時間を稼ぐ。若しくは先生に一発攻撃を入れないといけない。
どうやって勝てばいいんだ……