蒲公英病編 31話 会見2
「しかし、この少女Aの手術の術式を提示した研究者が現れました。それが新たに発明された治療薬の開発者──色絵青磁なのです」
これは元から発表する予定のあった情報であった。理由はいくら知らないとはいえ、戦前からの名家であった色絵家の名は此方にとっていい状況を作り出す。
「しかし、当時は薬物による治療は不可能だった為少女Aは臓器移植による治療を受ける事になりました。勿論、臓器移植は『自死欲』に取り憑かれる可能性がかなり高く、それ以上に免疫による術後の不全等かなりのリスクがありました。しかし、結果的には蒲公英病の完治に成功したのです。それから、色絵青磁はこの蒲公英病が大流行する前に、より副作用がなくより誰でも治療可能な開発薬を三年も以上も前から研究していたのです」
出さなくても良い情報は出さないまま、納得できるように事実を言ったつもりだ。だが、やはり問題となるのは開発期間の短さとなりうるだろう。
通常の治療薬は開発から承認まで最短でも10年はかかる。それに比べて、色絵青磁の開発した特効薬は非臨床試験を既に終えており、臨床試験と承認を平行に護衛軍の管理下にある病院で処方がすで始まってに始まっている。
これは単純に色絵青磁の作った治療薬に目にみえるほどの即効性に優れていたこと、特異能力の現象を再現した全く新しい形式の薬であるため比較するための薬がなかったこと、そして現在蒲公英病が蔓延している為データが取りやすく需要が高い為スポンサーが積極的に協力したという事、色絵青磁自身が特に特許権等を求めて作った薬ではなく法的な柵が少ない方へ護衛軍が誘導出来たことが挙げられる数々の原因だろう。
さて、お相手さんはどう出るか──。
一旦、俺が話を終えると司会の女性が質問の有無を尋ねるアナウンスをかけた。勿論、大勢の手が上がった為一人ずつ対応していく。
一人目に指名したのは眼鏡をかけ嫌みたらしい目つきをした中年の男性記者であった。彼の言葉遣いは丁寧なもののこちらを攻撃するような意図を含む質問だった。
「蒲公英病は感情生命体由来の病との事ですが、それを何時把握したのですか? また、それを把握していて、何故その感情生命体を討伐しないのですか?」
勿論聞かれることは分かっていた。その為、落ち着いてひとつずつ状況を説明していく。
「『蒲公英』という感情生命体は元々、私の前任者である筒美封藤により『自殺志願者の楽園』にて存在は確認されていました。彼もまたこの病で身内を亡くしており、そこからこの病気が感情生命体由来であることが判明致しました。当時彼が『蒲公英』を討伐しなかったのは、彼自身が『蒲公英』にかなり警戒されており、単独で深追いをすればリスクが高かったからと思われます」
封筒兄貴の名前を出すと、記者達の反応は各々違っていた。やはり、ある程度歳を取っている記者達は彼の英雄譚をその目で見ている為信用が得られるだろう。先程指摘してきた記者も、彼の名前を出した途端気不味そうにしていた。しかし、若い記者達は10年前の『漆我紅事件』を紅の身内でありながら止めることができなかったという点で嫌悪感を抱いている者も多かった。それらの記者をどう抱き込むか……
「そして、先日蒲公英病の発生源を特定するために精鋭部隊を『自殺志願者の楽園』に派遣したのですが、失敗。人員を失うことは無かったものの部隊メンバーは蒲公英病を患いました。既にこの薬により治療済みですが、尉官級の人間を含む少数メンバーでまともに調査ができなかったとなると『蒲公英』の戦闘力はかなり高いものとみて良いと思います」
真実と嘘を練り混ぜ、眉を動かさずあたかも真摯に一つ一つ説明をしていく。
「ですが『蒲公英』を消滅させない限り蒲公英病の根絶は不可能です。勿論、我々は治療薬の発表と同時に発生源である『蒲公英』の討伐を試みています」
記者達の反応は微妙そうな顔となる。理由は封藤兄貴が護衛軍を辞めた以来、俺達は感情生命体と戦う際、負けはしないもののかなり多くの犠牲者を出してきた。それが今日の人員不足に繋がるのでは有るが、それ故に今の護衛軍は民衆からの支持も大きい訳ではない。
先程の中年の男性記者が再び嫌みたらしい顔で手を挙げて質問をする。
「今の護衛軍でその『蒲公英』とやらは討伐可能なのでしょうか? それともまた、先の『恐怖』の様に多くの犠牲者を出してでも討伐を強行するのでしょうか?」




