蒲公英病編 29話 切り捨ててきた者達
蒲公英病の治療方法が確定してから二日が経った。俺──成願家保はその旨を国民に伝え、治療薬の効果をより発揮させる為、プラシーボ効果をより大きくする為の会見の準備をしていた。
もう、既に手回しと何を喋るか、それを全て決め色絵青磁にも確認を取った。だが、先程の一件で、彼……そして紅葉や翠に嫌われてしまった事は間違いないだろう。
「あれで良かっただろ。封藤兄貴が彼女達に伝えたかった事」
「あぁ……」
俺の前任である筒美封藤はいつも通り、感情を表に出さず相槌を打った。
「やっぱり、紅の事未だに罪悪感感じてんのか?」
「当たり前だ。アレのせいで、感情生命体の戦闘力の平均が上がった。昔みたいに戦い方すら分からなくて組織すらしっかりとしてなかった時は本当に死亡率が高かったが、今はアレが原因で護衛軍軍人の殉職率はこの10年で3割強だ」
「懐かしいな。あの頃はほんと酷かった。羽衣ちゃんは生き残るって思ってたのによ。もう、10年前から創設メンバーは俺ら二人だけだ」
俺は溜息を大きく吐き昔を思い出すようにいう。
「どいつもコイツも、死に急いでは感情生命体に喰われて、犯されて、死んでいっちまったよなぁ……」
「……」
兄貴は黙ったまま、俯く。
「そうさせない為にアンタは『機関』を作ったんだろ。そうじゃなきゃアイツらは『恐怖』の時点で全滅してた。確実にいい結果はでてる。それでいいじゃねえか」
「……一つ気になる事がある」
「なんだ?」
「昔に比べて、特異能力者の根本的な強さや発生率も上がってきていないか?」
確かに、昔は年に一人いればいい方だったが、何か示し合わせたように今年入った特異能力者の数が多かった。
「そりゃ、年月が経てば経つほど『王の血』が流れているやつがどんどん増えていってるからじゃないか?」
「それもそうだが、強さの方はどう説明する?」
「……それこそ、『機関』での教育と感情生命体への対策。特異兵仗の開発が上手くいってるんだろ。考えすぎじゃないか?」
「そうだといいが……」
兄貴の考えている事は大方予想できた。このまま、一個人の持つ特異能力の力が強くなりすぎた時、人類は特異能力者に対してどのように接していけば良いのかという問題だ。
「じきに兄貴レベルの非特異能力者も現れるさ。心配しすぎだろ」
「いや、それもだが、少し心配していることがあってな」
「……ん?」
「……もし、200年前の『不死の王』が復活したらどうする?」
『不死の王』──雁来紅。
200年前に突如現れた、『女王』。様々な噂話や昔話があり、死喰いの樹が発生した根本的な理由でもある。
例えば、先天的な特異能力の持ち主全てを遡ればその血が彼女に繋がる事。死喰いの樹に喰われるまでは『不老不死』の特異能力の他に『細胞を操作』ができる特異能力を持っていた事。
極度の女好きで、挙句の果てには自らの能力で女同士の間で子供を作った事。たった一人で全世界を敵に回し、ありとあらゆる兵器が降り注ぐ中、殺戮の限りを尽くし世界の総人口を半分以上減らした事。それが原因で妃の一人であった少女を『自死欲』の感情生命体にしてしまった事。
そして、現在同じく『不死』の能力を持った鎌柄鶏という男がいる事。
「まさか、例の鎌柄鶏にその兆しがあるのか?」
「どうやら沙羅様によればそうらしいと。言い伝えを聞く限り『雁来紅』は選民思想のようなものを持っている。かつていた沢山いた外国人のように、もし復活すれば特異能力者以外の人間を殺し尽くすぞ」
「兄貴でも勝てそうにないか?」
「……あぁ。『不死』だけならまだしも、瑠璃のように細胞を操る能力があるので有れば、ありとあらゆる特異能力を持つ事ができるだろう」
なるほど、だから彼女達に物事に対しての割り切り方を教えようとしたのか。
「結局、俺達の最後の切札は『紅葉』と『瑠璃』だ。だが、『自死欲』を自称する奴の正体も未だ見当付かずだ。奴の動き次第で紅葉が精神的に追い詰められる可能性はある」
「だけど、今回の『蒲公英』、『王の妃』の一人の可能性もあるんでしょ? 彼女に聞けば?」
「あぁ、だから俺が行く。最初からその予定だった」
「マジで勘弁してくれよ。あの会議、めちゃくちゃ肝が冷えたんだからさ」
初めて知るような事を今更になって行ってくる辺り、俺にも言えない事や問題を裏にもっと隠しているんだなと思う。
「とりあえず、民間人はアンタのこと英雄だと今でも信じている。今回は樹教が絡んでいない分、アンタもでしゃばれる。出汁に使わせてもらうぜ」
「あぁ。構わない。全ては世界の為だ」
兄貴から何度出たか分からない『世界の為』という言葉。本当に世界を何度も救ってきた英雄だから、その言葉の重みが他とは比べ物にならなかった。
「そんな言葉を使うから、『鬼』なんて呼ばれるんだよ」




