蒲公英病編 28話 不治の病の処方箋8
「だからそれがなんだという」
「……は?」
その一言を声色すら変えず放ったのは大将だった。
「仮にお前の言う通り我々が『蒲公英』を作ったのだとしよう。なら何故俺達は治療薬を配布しようとしている?」
「それは……! 大衆から治療費という名目で金を取りあげるため……」
「金は全て国が出す。パンデミックが起きた時点でそういう計画だ。その補填に対しての徴税は護衛軍は全く関わりのない部分だ。それこそ、お前らが大好きな人権派のお仕事じゃないのか?」
淡々と冷酷に彼は電話先の人間に伝える。
「じゃあ……貴様らの失敗の証拠隠滅のため……」
「感染者全員殺害し早急に樹に吊るした方が安全かつ早い」
「……貴様ッ! 今の発言はなんだッ!」
周りから強烈な目で見られる大将は手で抑えろと、サインをする。
「なら、何故それをしない。理由は簡単。俺達は純粋に発生してしまった病魔を対策するために医療機関として動いてるからだ」
「……何処にそんな証拠がある⁉︎」
相手に反論させないために声を被せるようにして彼は大きく溜息をついた。
「はぁ……しつこいぞ。これ以上護衛軍を疑っても何も出てこない、この話はおしまいだ。そもそも、お前が話した妄想話には根拠すら無いものだし、何かアテがあると思って俺に電話してきたんだろう? だが、お前が話を拗らせているんだ。もし、お前の言ったこの戯言が原因で治療薬が流通しなくなり、お前の家族が死に蒲公英病の感染拡大を促したら、大衆はどちらの味方をすると思う?」
「……ッ!どちらにせよ関係無いと言うことか……! この人命軽視のクソ野郎供が……!」
罵倒を無視し、彼は淡々と話し続ける。
「どうせお前の頼み事は家族分の治療薬を用意しろとかだろう?」
「ああッ! そうだよッ! 貴様らの技術力なら出来ないなんて事はないんだろッ!」
「なら、治療薬を広める為の会見を開かせてくれ。信用が必要なんだ。できれば、継続的で定期的にどんな世代にも広められるようにしてほしい」
そして、細かい段取りの話が続いたあと、電話はすぐに切れた。
「終わりだ。特に問題なく進みそうだな」
私からすればこの電話一本で護衛軍の信用が揺らぎかねないようなものであった。もし、録音等されていたらと思うと肝が冷えたが、何故このような方法を彼は取ったのだろうか。
「こんな方法で人と利害関係なんて結んでいたらいつか痛い目に遭いますよ……?」
「まぁ……そうだな」
青磁先生は珍しく私に同意見であった。そして、大将はまた溜息をついた。
「言っただろ。人の不幸は蜜の味と思わなければやっていけないって。相手は俺らに技術力と武力があるからこそ警戒心があるんだ。そんな相手に仲良しごっこをして時間をかけている暇があるなら脅してでも1秒でも早く、苦しんでいる感染者に薬を届ける。封藤兄貴はそういう意図で俺にこの特異能力を使わせたんだ」
「……」
翠ちゃんは黙って大将の事を睨んでいた。
「俺が能力を使った時点でこういう事は起きる。最初から分かった事だ。それにおまえら、若い奴らが裏で何を企んでいるのかは知らんがある目的を達成するために様々な事を割り切るというのはこういう事だ。それが果たして何の為か知らないが、じきにお前らにもこういうことをしなくちゃいけない時が回ってくる。少しは覚悟しておいた方がいいかもな」
大将はこの場にいる全員に向けて言葉を放った。青磁先生は私の足を蹴ると小声で私に話す。
「あのお爺ちゃん、うちのクソジジイが居なくなった途端急にイキリ始めてねーか?」
「うっさい、黙ってろ」
私は軽く蹴りを返し、先生を黙らせた。そして、しばらく間の悪い空気が続いた後、祖父は泉沢さんを連れて戻ってきた。彼の表情も脅されている人のように引きつった顔になっていた。多分、祖父に萎縮しているのであろう。
「それじゃあ、今から泉沢を連れて放送局で詳しい話をしてくる。翠も足としてついてきてくれ」
「……はい」
翠ちゃんは顔を曇らせながら、露骨に嫌な顔をし大将と泉沢さんについて行った。おそらく泉沢さんを連れて行くのは今から相手と直接話し合いをする時に嘘の判別をする為なのだろう。
祖父はまた別の仕事があると言ってこの場を後にした。部屋に残ったのは私と青磁先生だけだったが、開口一番に彼はまた口を開いた。
「あのジジイ、めちゃくちゃ不機嫌だったなー。生理か?」
「マジでそういうこと言うの気持ち悪いよ? それに男に生理は無い」
「それが有るかもしれない、男の生理。ソースはネットの情報〜」
彼はその長い髪を手でファサっとかきあげた。勿論いちいち相手にしていては時間の無駄なので、私はあいもかわらず無表情で先生のことを蔑んだ目で見た。
「……貴方のロン毛で首絞めるよ?」
「コレはミーのアイデンティティデーズ」
自分の髪の毛をさらさらとすかしながら、変顔と訳の分からないカタコトで煽ってきた。
「ふざけてないで、さっさと研究の続きをしてよ! そもそも貴方の薬が開発されない事には何も進まないの! 私が翠ちゃんの代わりに掃除するから!」
「たっく、つまんねーな。少しくらい息抜きしてもいいだろ」
彼はぶつくさ言いながら実験室の方へ足を運んでいった。




