蒲公英病編 27話 不治の病の処方箋7
そして、大将はそれをいうとポケットから携帯電話を取り出して誰かに電話をかける。電話の相手はもう検討が付いていた。
「もしもし、護衛軍大将の成願だけど……」
しばらく、無言の時間が続いた後にもう一度彼が言葉を話す。
「蒲公英病の治療薬の件なんだけど。そうそう、今うちの研究員が開発してるやつ。いち早く感染者に届ける為にまずは会見開きたいんだけど……ダメ? それには機密情報を公式で公開しろ? はぁ……だからできるわけないって言ってるだろ?」
恐らく、機密情報とは特異能力者に関することもしくは沙羅様の事なのだろう。勿論、これを公開したところで護衛軍に利益のある事は全く持って無い。むしろパニックを招きかねない要因の一つになり得る。
「こっちは命がけで戦ってるんだ。たった一つの情報が大事な局面で負けを呼び起こし、取り返しの付かなくなる事がある戦いなんだぞ? そんな不利になる事できるわけないっていつも言ってるじゃないか」
どうやら、聞いていた通りうまく事が運ばない様子だった。
「こちらからは譲歩できる事は何も無い。そっちの判断が今後の展開を左右する事がある事、そしてこの災難がいつ自分達にかかって来るかわからないこと、よく覚えとけ」
電話が切れると大将は溜息をつき私達にどういう会話であったのか話した。
「あちらさんはどうしても護衛軍が信用できないみたいだ」
「報道機関の役目は護衛軍みたくこういう組織の監視が名目で作られた民間の会社がほとんどだ。仕方ないだろうよ」
青磁先生はやれやれと言うと、いつもの癖で煙草を取り出そうとポケットに手を突っ込んだ。しかし、私の顔を見るとポケットから手を出さずそのまま座っている椅子をくるくると回転させた。
私が煙草に手を出した事。私が今煙草をやめた事。気にしているのだろうか?
「別に吸えばいいじゃん」
「ちげーよ。翠がこの前掃除が大変だからここで吸うなって言ったんだよ」
「うん、めんどくさい。煙草のヤニってめちゃくちゃ取れにくい」
「ふーん」
私は少し安堵した。先生がそんな事で罪悪感を覚える筈がないという事。私になんて存在に気を使うくらい心がおおらかなら、彼のしている行動がそれ自体成り立たなくなってしまう、そう思ったから安堵した。
そんな事を思っていたら祖父が話を続けた。
「そうだ、こんな人が密集してる所で煙草なんて吸うな。それで、家保……お前の特異能力はいつ発動する?」
「もう仕掛けたよ。『不幸』は分からんがすぐにでもあちらさんから助けてくれと電話がかかってくる筈だ」
「『不幸』として起きそうな事に心当たりはあるか?」
大将はそうだな……と声を漏らし考える。
「願った『幸福』は『治療薬を充分市民に効果のある形で発表する事』。それだけなら『幸福』も大きすぎないため、結果的に代償である『不幸』として死人は出ない筈だ。もし、『幸福』を『全ての感染者の病を取り除く』等にすれば『感染者を全て死喰いの樹に吊す事によって蒲公英病の効果を打ち消す』等、他人に確実な『不幸』が訪れる」
「しかもこの能力は『幸福』となる対象が家保だけだ。個人的な武力としては申し分が無い能力だが、護衛軍という組織からすると本当に役に立たない能力である」
祖父がそれを言うと大将は苦い表情をする。
「まぁ……仕方ねぇじゃねえか。これはそういう能力なんだし、『不幸』は関連した人や物、状況に現れるのが確定してるだよ。だから、今回の件に組み合わせてみると、一番大きい可能性があるのはさっき電話をかけた社長かその周りの人間に蒲公英病が感染する事だろうよ」
なるほどなと祖父が呟くと、待ってましたと言わんばかりに大将の携帯に電話がかかってきた。
「やっぱり、早かったな」
「今度はスピーカーモードにして、あっちの話を聞けるようにしてくれ」
「へいへい、みんな声出したりすんなよ」
大将は携帯を触り設定を終えたあと、机に置きソファに深く腰を置いた。
「もしもし、折り返しに電話してくるなんてどうかしたか?」
「オイ……これは一体どういうことだ」
電話先の男性は恐怖に震わせたような声を出す。
「なんのことだ?」
「何故、俺の家族が蒲公英病に感染しているッ⁉︎ これは何かの陰謀かッ⁉︎」
その声を聴くと、大将は祖父に手でサインを送り、祖父は祖父で携帯を取り出し、この部屋を出て行く。
その様子を見送った大将はまた電話先の対応にあたる。
「状況がイマイチ理解しかねる。どういう事だ」
「貴様らがやっている事は分かっている……超能力者を隔離し、その研究を行う際作り出してしまった感情生命体が蒲公英病の原因なんだろッ! それを悟らせまいと俺の家族に既に蒲公英病を感染させた……!」
電話先の人間はかなり大きな勘違いをしている様子ではあったが、護衛軍でもない第三者の視点から見ればそういう風に考えることもやや強引ではあるが陰謀説等の一説としてあり得る事である。




