第一幕 13話 別格
「あはは、なんか締まらない終わり方してしまいましたね」
泉沢先生は私、霧咲黄依に向かって、苦笑いしながら続ける。
「なので、僕対黄依さんと衿華さんで模擬戦してみませんか?」
「おっいいじゃねえか、新人どもの実力を測るのには丁度いいかもな」
成願大将が言うように、今の私達が護衛軍の幹部達にどれだけ『抵抗』出来るのかは気になる。
「衿華……やる?」
「うーん、衿華は構わないよ……」
衿華は不安そうに顔を傾げる。まぁ気持ちは分かる。だって、私達と泉沢さん達大将補佐の間には経験に基づく判断能力、高濃度の特異能力の様な絶対に埋められない差がある。そもそも勝ち目なんか無い勝負に挑んだ所で何があるかって考えたくなる気持ちも分かる。
「まぁ、もし特異能力者と実戦するような事があったら、相手の能力も分からない状態で戦わないといけないから。まだ今回の模擬戦は先生の能力が分かっているだけマシよ」
「そうだよね、良い機会だしやってみようか」
衿華は同意したので、泉沢先生と勝敗の決め方について相談する。
「そうは言っても、お二人とも覚醒前なのでどうしてもこちらが有利になってしまいますね。だから、特異兵仗有りの僕に攻撃を一発でも当てるか、5分間僕の注意を引きつけられるかそれが君達の勝利条件で良いですかね?」
「……この条件って」
「えぇ、別格だと判断した特異能力者や感情生命体に対して、可能ならして欲しい時間稼ぎの目標の一つですね。攻撃を与えるのは余分ですけど。これでよろしいですか?」
黙って首を縦にふる。何というか、自分の力不足を突き付けられたみたいで、無力感がズンと身体にのしかかる。
「オイ、二人ともそんなへこむんじゃねえぞ! お前らがやろうとしてるのは、成長期すら来てない子供二人で、大人一人を相手にする様な物だからな! 」
「そうですよ、だからまずは経験を積んで色々失敗する事です。そうしながら時が経てば必ず、身体が能力が強くなるんです。絶対に君達は焦って強くなろうなんて考えては駄目ですよ。アレを使った人は皆最終的には残酷な結果に」
「えぇ……分かってます」
この場にいる全員が、衣嚢に入れている黒い箱を手で触れる。触ると妙な安心感と、背徳感がある。一種の麻薬みたいに。実際にそんな物なのだろう。この『DRAG』は。
「若い奴ほど、死に急ぐからな。俺はそういう奴を何度も見てきた。なるべくなら俺の権力を使って失くしたいが俺達の仕事に犠牲は付き物だからな。すまん」
「皮肉にも発見されたのが、前大将が抜けた後なんです、仕方ないでしょう。気を取直して模擬戦始めましょうか」
「あぁ……そうだな。俺は紅葉と翠を拾ってから観戦室に行く」
成願大将は部屋を出て行く。
急に静まった空間が数分間続いた後、衿華の口が開く。
「黄依ちゃん……」
突然、衿華が手を握って私の瞳を見てくる。
「どうしたの? 衿華」
「頑張ろうね」
「えぇ。だけど貴女は頑張りすぎよ。たまには休みなさい」
「衿華は同期の中だと誰よりも弱いから……だから!」
「同期の中だと貴女が一番最初に覚醒すると思うわよ。だって貴女は強いもの。だから、私達二人で勝ちましょう」
私達は今手を繋いでいる。だから、色々な物が伝わってくるし、色々な物が伝わっているのだろう。温かい体温、ドクドクと波打つ鼓動、小刻みな震え。そして、私達の特異能力は手で触れているからこそ互いに影響を与える事が出来る。
「速度累加! さっ衿華も」
「うっうん! 痛覚支配!」
私達は何年間も親友でいた。何度も感じた事のあるこの温かみ。これが、衿華の優しさが作り出した特異能力。優しい人が強くなれるって私は信じているから。
部屋に戦闘開始の音が鳴り響く。
「準備は整ったようですね。制限があるからと言って手加減はしませんよ!」
「えぇ、望むところです!」
そして、模擬戦が始まる……