蒲公英病編 23話 不治の病の処方箋3
治療方法の再現性は専門性が高いのでその説明はともかく、『蒲公英病』患者の判別方法については確かに良く問題上がるものであった。
「正直言って特有の腫瘍が体外に出るまで、 ERGを高感度で計測する精密機器でも持ち出さなければ判別しようがないっていうのが回答だ。だからこの検査自体をもっと容易にする為に、機器では無く筒美流の破の項まで修得している准尉以上の軍員による検査が必要となるだろう」
青磁先生の提案が一番現実的ではある。だが准尉以上となると、総数でも三桁をギリギリ行くかどうか。それにその全員が『蒲公英病』を見分けられるだけのスキルを持っているわけではないだろう。
「初期症状での接触感染はほぼないにしろ、検査となると危険もあるよね。結局、検査を担当する軍人さん達に相当の負担がいってしまう」
私がこれを言うと彼はああと頷き、眉間を手で摘んだ。
「だが、たとえ発見したとしても従来の抗がん剤はほぼ意味をなさず、効果があったとしても完治迄には至らず、副作用及び再発は免れないものとなってしまう」
「悪性腫瘍を切除をする為の手術をしても、違う細胞内潜伏していた原因物質が再発を促してしまうからね……」
私も焔で『蒲公英病』患者を診ていた時に経験したことを思い出しながら言う。
「あぁ……そうだ。結局、治すには一気に体内から原因物質を消滅させるか、潜伏しているものも含め活動を『痛覚支配』のような能力で停止させるかの二択になってくる。だが、後者は蕗衿華のように発症者が特異能力の持ち主でない限り、手術によって腫瘍を取り除かなければ完治は難しい」
そう、『痛覚支配』による治療の効能は原因物質である ERGの浄化に過ぎない。その為、既に細胞内に溶け込んでしまい悪性腫瘍になってしまったものに対しては効果は薄くなってしまう。
衿華ちゃんのパターンは『痛覚支配』の宿主であるかつ、もう一つ同じ特異能力を衿華ちゃんのお婆ちゃんが持っていた為出来た事例だろう。私では完治できなかった事は『焔』の一件で確認済みだ。
「結局、『蒲公英』を消滅させなければ幾ら今言った事を達成出来たとしても意味が無くなるしな」
「そうだね、その討伐任務は私達の仕事になると思う」
そう、今回の黄依ちゃんと薔薇ちゃんの追跡任務によって分かったことがあるのだ。
『蒲公英病』に発症し末期症状まで経たのちに死んでしまった人は『蒲公英』の『婢僕』になっている可能性が高い事。
二人の証言によると『蒲公英』本体には特異能力者並に強力な筒美流奥義の使い手の『婢僕』が最低でも二人いる事が分かっている。
「どうやら、敵さんはあのお爺様に勝つ気満々らしいじゃないか。そんな相手お前にどうこうできるのか?」
「勿論……祖父や瑠璃くんにも手伝ってもらおうと思う」
「瑠璃くんを連れてくなら私も行くよー」
便乗する翠ちゃん、そして青磁先生はため息をついた。
「……分かっているとは思うが、報告のあった筒美流の使い手、朱と判の可能性がかなり高いぞ」
筒美朱、そして筒美判。あの子達は私の義理の弟と妹であった。二人とも血は一切繋がっていないが祖父の話によると『自殺志願者の楽園』で拾った子供らしい。筒美流のセンスは私よりは確実に上。素質や技の熟練度は当時の力量で言うと、護衛軍でいうところの尉官位の実力はある筈だ。
元々の話をするのであれば、彼等が『蒲公英病』に罹ったのがキッカケで全てが始まった。それが偶々かは知らないが、もし本当に彼等が『婢僕』になっているのであれば、佐官級……つまり現在の私位の実力はあるのだろう。
「……血は繋がって無いとはいえ、5年以上同じ釜の飯を食った奴らだ。お爺様もそうだが、お前も容赦なく殺せるのか? おそらく敵さんは孫の顔をチラつかせることでお爺様の手を緩めようって腹だぜ」
そんな事、私も祖父も分かっていた。
「……ケジメだよ。全部全部。私の無能が招いた結果だから」
吐き捨てるように即答する。すると、翠ちゃんが顔を覗かせて言った。
「何の話かよく分かんないけど、『蒲公英』の人間体が衿華ねーさんのそっくりさんだったって話も不思議だよね」
……そうだ。何の因果か分からないけど、黄依ちゃん達によると本当に本人かと見間違えるくらいには似ていたらしい。そんな事あるのだろうか。
「蕗衿華に似た感情生命体か……未だに奴の死体は樹に吊るされていないんだろ……?」
「……うん。でも薔薇ちゃんの特異能力で身体丸ごと消滅したからだと思う……」
恐怖戦、当時を思い出しながら言う。
「万に一つ無いが、『蒲公英』が蕗衿華本人である可能性は?」
「無いと思う。それは実際に『蒲公英』を見た二人も言っていた」




