蒲公英病編 19話 赤い薔薇1
目の前の大嫌いだった少女──水仙薔薇は頬を赤らめて、私──霧咲黄依に感謝の意を伝えた。本来ならこんな状況にならないようにする為に彼女の会話は全て無視していたはずなのに。
私は答えてしまった。しかも、羞恥と好意という感情を含んだ表情で。
何故こんな感情を抱いてしまったのか、理由は完全に理解していない。全ては深層心理に『そうやって反応しろ』と命令されたからであった。
おそらく、私はあの時会った茉莉花という女の手によって記憶操作されているのであろう。だが少しだけ憶えている記憶と感情を呼び起こせば何が私たちの間に起きたのかなんとなくだが理解できた。
答えは全て、私たちが『蒲公英』に負けたあの日にある。
あの日、私達は繋がってしまったのだった。
☆
────何処か病院のような施設。
雰囲気と外に続く窓がないことから地下なのだろうと思う。
起きて最初に思い出した記憶は水仙薔薇を戦線から離脱させ、『蒲公英』に取り込まれ『衝動』を直接喰らってしまったというものだった。体中の痛みと全身の怠さ、吐き気や頭痛がした。
周りは誰も居らず、私は裸で身体中特徴的な腫瘍ができていた。
『──『蒲公英病』による腫瘍と痛み。怠くて頭が痛いのは『過負加速』の副作用か……』
あれから何時間も経っているが特異能力も殆ど使えない状態だった。私の身体を見るに生きているのが奇跡的だった。幸い、痛い事には慣れている。その時の心の痛みに比べれば、まだ耐えられるものなのかもしれない。
「ふー」
深呼吸をしながら、身体を動かそうと試みる。
「痛い」
肺の内側に無数の棘が刺さったような痛みが走る。先程とは比べ物にならないレベルの痛みである事を認知していたが、不思議とそのたった一言で痛みへの嘆きはやめた。
だが、これでは動こうとしても動けない。少しでも肺に空気を送ろうとするとこうなるので何もできない状態が続いた。
数分経った時、私が目覚めたのに気付いたのか足音がこちらへ近づいてきた。
「すい……せん……⁉︎」
廊下側に続く窓から水仙薔薇ともう一人知らない女性が近づいてきているのが分かった。しかし、私が驚いて言葉を詰まらせてしまったのは水仙薔薇の尋常じゃないその様子だった。
「何……やってんのよ……アンタ⁉︎」
服は着ているが所々着崩れており、粘り気のある液体で濡れていた。片耳からは血を流しており、悦に歪んだ表情と虚な目を私の顔を覗き込むようにして見せてきた。
「……これで初めて、貴女に触れることができますわ」
焦点の合わない目をぼーっと私の身体に当てられる。
一方、もう一人の女は満足気な表情をし、部屋の外から私達を見守るような、期待するような目線を送っていた。
状況に理解が追いつかず、水仙薔薇のあまりの圧力に絶句した。
『この爆弾女の事だ、おそらく神経や脳をやられたのだろう。洗脳、もしくは操作されている……』
彼女が寝ている裸の私に多い被さってくる。吐息と体温が伝わってくる。発情した雌の匂いと何かの植物らしき独特な甘い匂いがした。
『──まさか私とコイツで実験しようというの?』
あの女が水仙薔薇を焚き付けて、こういう状態にした。というか元々こういう事のできる特異能力者なのだろう。だから、己の限界を図るためにこういうことをした、こう考えるのが自然だ。あの女の正体は分からないが、私達の敵である事には違いない。
『この匂いを嗅ぎすぎると私もこうなる可能性がある……受容体の拮抗薬の様な性質があるだろうし、これを自由に操れるのであれば衿華以上にやばい特異能力だけど、それならそうして私を洗脳すれば良い……』
だからこれはおそらく、洗脳の限界を測る実験。洗脳者の嫌悪感をどこまで洗脳で突破できるかの実験だろう。それを試すのに私達以上の間柄は確かにいない。片方を洗脳しない事でそういう利点も生まれるだろう。
水仙薔薇は私の全身を唇で軽く啄む。勿論私は抵抗しようにも動くことすらできない体の為、その行為を受け入れなければならない。
「……!」
下唇を噛み声だけは絶対に上げないようにする。もしこれが屈辱に近い感情であるので有ればそうだと肯定したいほどには、気持ちが良く、声を上げたい程の愛撫だった。もし、洗脳という免罪符があるので有ればそれを与えて欲しかった。
「どうかしら?」
火照った顔で不安そうに問う彼女はもはや洗脳とは程遠い程の恋する乙女のような顔だった。
「……」
その顔を直視出来なかった私は、様々な違和感を感じつつ目を逸らし下唇を噛み続け声を抑える。だけど、こんな細やかな抵抗いつまで続くか。
「いやっ」
そしてついに、耐えられなくなる瞬間がきた。思わず声を洩らしてしまった私は目を閉じて必死に全身に力を入れる。
「……そうですわよね。私より、白夜さんや筒美さんにしてもらった方が嬉しかったですわよね……私ではダメですわよね……」
「は……?」
まるで、『水仙薔薇が私の事が好き』だったような事を言う。いや、それは無いと身体中の全要素が否定しようとするが、それじゃあ目の前の状況の不自然さが妙に際立つ。
「もしかして、アンタ……私の事好きなの……?」
若干、頭の悪い質問だったのだろう。それももう18歳だというのに涙なんか流しながら言ってしまった事だから余計に恥ずかしさの増す質問だった。
コクリと彼女が頷くと私は手を指を絡まさながら繋がれて、唇を奪われたのだった。
 




