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どうか、この世界を私たちに守らせてください。  作者: 華蘭蕉
Act four <第四幕> Dandelion──花言葉は別離
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蒲公英病編 18話 黄色いスイセン5

 ベランダから関所の事務所の方へ階段を降りていくと、管理人さんと霧咲きりさきさんが居た。何かを話している様子であったが、私達の姿を見ると途端に話をやめたようだった。


黄依きいちゃん、なんの話してたの?」

「アンタの本来の役職についての話よ。特異能力者エゴイストになった事とか、特異能力エゴ無しでも、はちゃめちゃに強い事とか」

「そうよぉ〜なんで黙ってたのよー」


 管理人さんは筒美つつみさんに隠し事をされていたみたいで表面上では明るく振る舞っていたが、悲しそうにしていた。それに気付いたのか筒美さんも反省しているかのように事情を話しながら謝る。


祖父ししょうになるべく黙ってろって言われてたし、あの人や大将補佐の人達とか比べたらとてもじゃないけど戦力になりそうにない事とか分かってたからさ、私じゃ守れるものも限られてるし、話したら話したらで危険が及ぶかもしれない。それにおばさまに心配をかけるのも辛かったから……」


 か細く小さく響く声色。こんな切実な声色を出しているのに無表情の彼女を見てしまうと、事情を知った上で可哀想だと思う前に、まず不気味だと先入観で思ってしまう自分に嫌悪感を抱いてしまう。


 おそらく、この場にいる全員もこんな感情を抱いているのだろう。


「でも、ごめんなさい。信用していなかったとか、そう言う訳じゃなくて、本当に巻き込みたくなかったっていう自己満足だから」

「……」

「……」


 切実そうに話しているのは分かるし、演技では絶対にないという事も分かっている。なのに、まるで台本を読んでいるかのような、予め考えて来たような言葉を言われたような、まるで練習した事があるようなそんな違和感が突き抜ける。


「まぁ、良いわよ。そんな真剣に謝らなくても。紅葉もみじちゃんがそうすべきだと思ったからそうしたんでしょ?」


 そんな中唯一この場で歳が離れた管理人さんだけ筒美さんの台詞に優しく言葉を返した。


「わたしゃ、知らない世界の事は知らないしそこから紅葉ちゃんが守ってくれていたなら、嬉しいことはないさ。でも心配はしちゃうから。余計なお節介かも知れないけど、心配するくらいの力も資格も無くても若い子を心配するのが大人の仕事だから、そこは少しだけ許して欲しいわ」


 彼女は自分に言い聞かせるようにそう言った。その顔は悔しそうな苦しそうな表情を隠すための覚悟をした表情だった。


 私にはこれまで大人が何を持って大人と定義されるのか理解した事は無かったが、これは彼女が大人だから言えた言葉であるとは理解できた。


「ごめんなさ……」


 筒美さんからまた謝る言葉が出そうになったが、思いとどまりそこから感謝の言葉に変わった。


「ありがとうございます……」

「そうね、もう謝る言葉なんて聴きたくないからそう言って貰えると嬉しいわ」


 険しい表情から一点、管理人さんが笑顔になるとずっと無表情だった筒美さんも心の中では笑顔になれたような気がする。


 だけど、およそ手を差し伸べ辛い誰かが苦しんでいる時、私はその誰かに手を差し伸べた事は有っただろうか。私はそんな時になってもちゃんと動けているのだろうか。


『……こんな事が出来ていたら今頃、霧咲さんとは仲良くいられたのでしょうね』


 沸々と沸騰した泡のように湧き出す『罪悪感』と『後悔』の感情。目の前にいる貴女の顔を見ると、昔の事を思い出した。


 目が合うと外れてしまう、そんな関係に歯痒い感情が湧き出てしまう。


 貴女は霧に咲く黄色の華。


 "スイセン"の花言葉は『自己愛』や『報われない恋』。そして"黄色い薔薇"の花言葉は『薄まる愛情』や『嫉妬』。そのどれもが貴女を通じて私が感じてしまったこと。


『最初から私達の間には少しも『愛情』なんて無かったのかもしれないですけど──』


 それでも良いから、貴女にこの気持ちの少しを伝えたかった。そう思った瞬間だった。


「そうだ、霧咲さん、貴女に伝えたい事がありますの」


 口が勝手に開いた。これが本音から出た言葉だとするので有れば、頭に植え付けられた寄生虫のせいにしないといけないくらい私の理性が許してくれない一言だった。


 だけど、これは紛れもなく私の本音から出た言葉だった。


 筒美さんは当然、霧咲さんの記憶が曖昧である事を言われると思って動揺し、それでも表情は変えずにいたのだが、明らかに此方を見ていたのだ。


『大丈夫、違うことだから』とアイコンタクトを送るとほっとし、私が霧咲さんに言いたかった事を察する。


「何?」


 貴女の少しだけ高圧的な声。だけど私の言いたいことを察したように申し訳なさそうな、恥ずかしそうな声。


「あの時、『蒲公英ダンデライオン』に襲われて危なかった時、自分の命を差し置いて、助けて頂いてありがとうございました」


 きっと、私の顔は紅葉した葉っぱのように赤に染まっていたのかもしれない。それを貴女に見られていると思うとまた恥ずかしくなってしまう。


 だけど、貴女はまた恥ずかしそうな声で、少しだけ嬉しそうな声で顔を紅くして言った。


「どーいたしまして」


 今までろくに相手にしてもらえなかった会話が初めて成立した気がした。嬉しかったし、報われたと思った。


 私達の肌のように赤いスイセンは『詩人の心』。そして、赤い薔薇は『愛情の証』。


 私の心にはそんな感情の花が咲いた。

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