蒲公英病編 15話 黄色いスイセン2
「蒲公英病……!」
霧咲さんの体にはそれ以外では考えられないほどの目にも見える悪性腫瘍が大量に噴き出ていた。
「私達が助け出した頃にはもうこうなっていたわ。完全に末期症状ね。何も処置しなければ持って一日って所かしら。このまま何もしなければあの子は周囲に蒲公英の種子を撒き散らしながら死ぬわ」
「私のせいですわ……」
あまりにも悲惨な状況に顔を覆い、その場から崩れ落ちる。ただでさえ、『蒲公英』との戦いで体力と精神力が削られた中で更なる追い討ちが来てしまった。
『敵陣の中で奇しくも敵に情けをかけられて、こんな思いをするなんて……』
このまま霧咲さんを連れて護衛軍に帰った所で時間は間に合わない。蒲公英病を治せた例だって、臓器移植によるものや特異能力によるものだ。開発中である特効薬だって確実に効くとは限らない。
「私達では想像できない程苦しい痛みを感じているのでしょうね。紅様はすぐに『死喰いの樹』に奉納するべきだと言ったんだけどね、せめて貴女にだけでも、見せてあげようと思ってね」
「嫌よ……! 嫌っ……! 殺すのもこのまま苦しめるのもっ……! どうして霧咲さんばかり辛い目に遭うの……⁉︎ そうだ……! 臓器っ……! 私の臓器を使えば……!」
口調が崩れ、表情も崩れ、涙が瞼から崩れ落ちる。だけど、目の前の彼女は冷たく言い放つ。
「そんな事しても無駄よ。命が勿体無いじゃない」
「まだ、あの時のこと謝ってすらいないのっ……! だから……だから……何か方法はありませんの……?」
そして自分でも思っていなかった事を続けて口に出してしまった。
「貴女達の教祖は生死を司る感情生命体ですわよね……⁉︎ もう……なんだっていいですわよっ…… あの子を助けられるなら、悪魔にだって……! お願いですわ……あの子を助けてあげて……」
その言葉を聴いてニヤける女性。
「なんだっていいのね? 薔薇?」
彼女から初めて名前を呼ばれた。自分から名前を言っていた記憶は無いが、おそらく私の事を最初から知っていたのだろう。そこで、自分自身が重大な失敗をしたことに気付く。
ドスッ
とても大きな音だった。まるで鼓膜が破れた時みたいに耳がイカれた。
グチャ、グチャグチャ、グチャグチャグチャ
柔らかいものをかき混ぜるような音だった。まるで脳みそが何かに犯されているみたいに。
「アッ……」
舌が勝手に動いて、声が出た。奥歯がガタガタなり始めた。
「油断しすぎよ。上手くやれば、私くらい倒せたのに」
本当に片耳の鼓膜がが完全に潰されているのがそこでようやく理解できた。鼓膜から植物が彼女の腕へ伸びている。頭の中で細い茎がヌルリと這うたびあり得ないほどの刺激と快感と屈服感が私に襲いかかった。
「なにをををををををするるるるるるるるるるるるるるふふふふふふふふつもりりりりりりりりりり」
舌が勝手に周り嗚咽に似た声が出ているのも分かる。跪いたいた体勢から脚が自然とピンとなり身体中が震え始め汗が噴き出る。
「あっあっうううううううううううううううううううう」
「喋らないで、作業の邪魔だから」
植物に変化していない片方の腕が瞬時に木へと変化し、口に押し込まれた。
「説明欲しい? 頷くか首を振りなさい」
頷くというよりかは頷かされたような感じがした。
「そうよね。説明も無しにいきなり脳みそクチュクチュされるのは流石に嫌だよね。いいわよ。答えてあげる」
すると彼女は後ろに回りこみ私の身体を抱きしめる。
「貴女が樹教の人間として護衛軍のスパイになってくれたら……あの子を助けてあげる」
さらに、彼女の身体から植物の触手が生えると私の手足を拘束する。
「でもね、口で言うだけならなんだってできるからさ、ちゃんと調教して、潜在意識下で私達に従ってもらう様にするから。少し記憶が飛び飛びになったり、意識が混濁したり、私達と会ってここで何があったかまで思考が把握されちゃうけど、いいよね?」
無理矢理、頷かされた。
「うん。じゃあ、貴女の身体中にコレ寄生させちゃうね?」
彼女が私に見せたのは、何かの液体だった。
「私は植物専門なんだけどね、妹が虫専門なんだよね。『トキソプラズマ』……知ってる?」
トキソプラズマ──非常に幅広くの恒温動物に寄生する原生生物の一種。勿論人間にも寄生し、一説によると脳内にまで寄生し、宿主の行動に影響を与えると言われている。
『 ERG』という感情のいち由来である物資が発見されて以降、脳科学の進歩した今では脳内寄生虫が人間の行動に影響を及ぼす事は自然であるとして、以前とは違い禁忌扱いされなくなっており、医療従事者ならおそらくは言葉位耳にした事はある生物だった。
見せられた液体にはその『トキソプラズマ』が大量にいるのだろう。
「妹がね、私の為に作ってくれたのよね……特別製を。これを貴女に入れるよ? いいよね?」
勿論、嫌に決まっているのに、脳みそに入れられた植物が無理矢理うなずくように蠢く。必死に抵抗しようにも全くと言っていいほど体の自由が効かない。再び私は頷いてしまう。
「うん。わかったよ。すぐ染み込んで楽になるから、安心して。痛くもないし、逆に気持ちいいくらいだから」
針型の植物が首や腕に刺さり、血液中に先程の液体を流し込まれる。破られた鼓膜を通して脳みそにも直接液体が供給されているようだった。
あまりの脱力感と快感に屈服されそうになり抵抗する為に彼女の二の腕を掴んでしまう。彼女はそれに喜んで答え私の頭を撫でる。それをされた瞬間、安心という文字が身体全てを包んでしまう。
「大丈夫よ、約束通りあの子は助けるから。そうそう、自己紹介がまだだったわね。私は茉莉花。樹教の幹部の一人」
全身が溶けていくように意識がとろかされ、考えることすらできなくなり瞼が重くなっていく。
「さぁお楽しみはこれからよ。貴女には意識が無くなるまでこの快感を享受してもらうわ」
そこで完全に私の記憶は途絶えたのだった。




