蒲公英病編 14話 黄色いスイセン1
『蒲公英』と初めて接触してから私の時計ではもうすでに10時間以上経った後だった。辺り一面は日が沈んだため暗く、私──水仙薔薇はそこにある礼拝堂で黄昏ていた。
霧咲さんが私を飛ばした後、私は着地の衝撃に耐えられず気絶してしまった。気付いた時にはすでにここにおり、電話も連絡も通じないそんな場所に閉じ込められていたのであった。誰かが私を守る為にしているのか、閉じ込める為にしたのか外へ通じる扉の鍵は全てかかっていた。『蒲公英』につける筈だった発信機や『DRAG』も手持ちの荷物から消えていた。
『霧咲さんは無事なのでしょうか……? それにここは一体何処なのでしょうか……? 記憶が曖昧で分かりませんわ……私は誰かに助けられたのでしょうか?』
窓を覗くと月明かりに薄く『死喰いの樹』が遠くに見えた。ここが樹海では無いことが理解できた。
しばらく、状況が飲み込めないまま礼拝堂の椅子に座っていると後ろの大扉の鍵が開く音がした。
「あら、起きたのね」
そちらを見ると普通の人とは違う雰囲気を持つ女性が此方を見ていたのだった。そう思ったのはまず普通の人間では恥ずかしくて来ていられない位の露出度の高いドレスを着ていた事。だが、彼女を見た印象では恥ずかしいというよりは彼女自身の美貌が服を引き立てているくらい様になっており、今まで見てきた女性の顔の中でもトップレベルで惹かれるような顔を持っていた。
だが、よく感じ取ってみると明らかに生物的に人とは思えないほどの圧を感じた。
「特異能力者……いや、感情生命体……?」
すぐに私は戦闘態勢を取るが女性は笑う。どうやら戦う気は無いというよりかは私の事なんていつだって対処できるといったような余裕が感じられた。
「安心しなさい……貴女から攻撃しない限りこっちは手を出さないから」
艶やかな声が部屋に響く。聴いているだけでも心を揺さぶられそうなそんな美しい声だった。
『話はどうやら通じるようですわね。ですが、これは人間では出せないプレッシャーですわ……』
だが、それにしても一日に意思疎通のできる感情生命体に何度も会うなんて、なんて日だろうと思ってしまう。
「何者ですの?」
「それを言ったら貴女達、私に襲いかかるでしょ? やぁーよ、貴女怒らすと怖そうだもの」
露出度の高いドレスをヒラヒラとさせながら、彼女は此方へ近づいてくる。私はもう一度手を構えて牽制しようとする。
「まさか……樹教ですの?」
「うふふっ正解よ。やっぱり特異能力者の端くれならこれくらいの会話で私が何者であるか自分で言い当てる事くらいできないと……」
「何が目的ですの⁉︎ こんな真似をして……」
焦る私を見て笑うと、彼女はそこの椅子へ座った。
「ふふっ、教える義理は無いんだけどね。これを知ったところで貴女には関係ないものよ。私達に組みするというのなら話は別だけど……」
意味深げに話す彼女は何か私に隠し事をしている様子であった。
「いいから教えなさいッ!」
「うふふっ……怖い怖い、女の子がそんな顔して怒っちゃだめよ〜皺になっちゃうわよ? まぁ、そんなにいうなら教えてあげるわよ。っと言っても慈悲深い紅様が貴女達を助けてあげただけなのよね」
「貴女達……?」
その発言に引っ掛かりを覚えた為、口に出してみると違和感に気付く。
『貴女"達"という事はあの場に居た私以外も……霧咲さんも此処に……!』
あの状況から敵である私達を助けた理由が分からないが、結果として私がここで生きているということは、霧咲さんも助けられている可能性も高いだろう。
「あらぁ〜? どうやら気付いたみたいね。貴女が置かれている状況が」
霧咲さんを人質に取るつもりなのだろうか。だけど、彼女自身が抵抗すれば並大抵の相手なら拘束すら出来ない筈……
「……だけどどうやらまだ本当の意味で理解できてないみたいね。いいわよ、知りたければ貴女自身の意思で付いてくるといいわ」
彼女の言う通り、何故このような状況が起きているのか理解できていない。
『いや……理由なんてどうでもいいですわ。霧咲さんの身の安全の方が……』
私は黙って彼女についていく。礼拝堂を抜けると、薄暗い廊下と地下に続く階段が見えた。暗くて先の見えない階段彼女はヒールでコツコツと音を鳴らしながら降りていく。私も彼女に続いて降りていく。
「ついてくるのね。それが貴女の選択なら、きっと紅様もお喜びになられるわよ」
階段を降りきり、廊下を少し歩くと病院にある集中治療室のような場所に着いた。明かりで照らされた中央部には霧咲さんが裸で手術台の上に乗せられ、眠らされていた。彼女の身体のあちこちに今にも弾けんばかりの腫瘍が多数確認できた。




