蒲公英病編 13話 発生源追跡任務13
私の特異能力によって吹き飛ばされる薔薇の身体。気付いた時にはもう数キロ先だ。追いつけたとしても見つけられるとは到底思えない。それを表したかのように周りの婢僕達は虚を突かれたような表情で驚く。
「僕が追うッ!」
「いえ、今から行ってもすぐに見失うでしょ。私達も少し油断してたみたいねぇ〜」
「これが特異能力者……たった一手で相手の動揺誘う。確かにたった一人でも欲しい人材ね、蒲公英さん」
一人一人が私の格上。こんな絶望的な状況で一体私は何が出来るだろうか。
あんな嫌いな奴を命を張ってまで守ったことへの後悔?
いや、違う。
「これは私の意地だッ!」
──『速度累加』──『過負加速』ッ!
黒く染めた筈の髪がふわりと逆立つと共にほのかに金色に光り始める。
私が動き始めると共に、婢僕の二人は自分達を守ろうとする為に筒美流の防御術を張ろうとする。
幾ら攻撃が来ないと分かっていても、攻撃される隙ができてしまったのだから本能的に自分達だけに守りを入れてしまう、ただその一点読みであった。
だから、私は彼女達を無視して『蒲公英』本体を叩こうとする。
──『加速衝撃』ッ!
『この速度なら、幾ら格上といえどもこれには反応できない筈。それに最速で最大火力を出した。並の感情生命体なら消し飛ぶほどの高火力だ。倒し切れるとは思わないがせめて後10秒隙が出来れば発信機を直接身体に取り付け離脱ができる』
特異能力の副作用である頭痛が脳内に走るが、この攻撃が当たるまでの間、状況把握とこれからどうするべきか策を練る。
『結局、私はこの賭け負けたら婢僕になる。そうなる位ならこの病を止める為にDRAGを使うべきなのではないだろうか。そうすれば、自我が無くなっても目の前の感情生命体も倒せる可能性が出てくるし、それでもし負けたとしてもいちいち婢僕として使役させるようにするのにもおそらく時間がかかる為時間稼ぎにはなる』
急いでポケットの中身を探る。が、同時に紅葉と衿華の顔が頭によぎってしまった。
『私はここで死ぬのか……? 私はここで人間を辞めてしまうのか?』
一瞬の迷い。現実時間の秒数にして0.01秒も無い刹那、それがキッカケとなり私の感覚器官が揺らぐほどの頭痛が引き起こされる。
結果としてこれが私を詰みへと誘導した。
『『加速衝撃』が消えた……⁉︎』
即座に状況を整理しようとする。『蒲公英』の前には何重にも展開された防御術が存在していた。その真相はあの二人の婢僕の並外れた感知能力と反射神経が『加速衝撃』を察知し、それを堰き止めたという事だ。
何よりもまず『加速衝撃』を止める防御術、そして感知されたという事実が絶望感に変わり私に一気に降り注ぐ。
『なに……コレ……? ここまで実力が違うの……?』
『過負加速』を使っている筈なのに、まるで等倍の如く走りこちらへ向かってくる婢僕の二人。再び花弁に包み込まれ赤黒い蒲公英へと形態を変化させる『蒲公英』。
「畜生……」
言葉を呟こうとした瞬間既に私は二人に拘束され、DRAGを使用する事すら不可能になってしまった。ついには時間切れで『過負加速』も解け身体全体に力が入らなくなる。
「どれだけ速くても、捕まえてしまえば問題ないよね」
「だけど実際危なかったよ。この人、戦闘センスもまぁまぁあるし、俺たちが師匠と手合わせした事無かったら今頃蒲公英さん死んでたよ?」
「あらあらぁ〜あなた達の実力を信頼していたから、私はこうして形態を変化させたのよ?」
『蒲公英』本体である大きな蒲公英の花の姿が此方へ寄ってくる。
「安心して、大丈夫。普通の感染者とは違う方法で移してあげるから。貴女だってこんな経験した事あるでしょ? 一方的に犯されて、汚されて、自分自身の全てが変わってしまうような経験。でも私は痛くしないようにゆっくりじっくりとしてあげるから安心して……」
一斉にくすくすと周りの花々や婢僕が笑い出す。それと同時に私を拘束していた二人の婢僕が蒲公英の花となり私を飲み込む。
「『別れ』は突然。でも『別れ』があるからこそ私達は今を大切にしようとする。だから私はあなたを歓迎するわぁ!」
脳内に直接響く彼女の声。
「でもあの樹は……あの桜の樹はそれを蔑ろにした。だから、私はあの樹を、あなた達が『死喰いの樹』と呼ぶあの樹を、私達を裏切った桜の思惑を叩き潰し、この死ねない世界から楓ちゃんを救い出す」
視界が暗くなり、植物の繊維が私の体に絡みつきそれら全てが私の皮膚を貫き体内に直接『衝動』を流される。細胞が直接犯されていく、そんな感覚がする。
「その為に黄依ちゃんは私たちの仲間になるのよ」
落ちていく、堕ちていく、そんな感覚の中で『別離』と『嫉妬』という感情だけが私を埋め尽くすように、まるでそれだけになってしまいそうなほど身体の感覚が無くなっていく。
時間が経てば経つほど自意識が薄く、別の目的意識が私の身体に刻まれていく。もう、何分経ったのか分からなくなっていた。そして、猛烈な眠気に襲われると共に私の意識はそこで無くなった。




