蒲公英病編 12話 発生源追跡任務12
私がその名前を呼びかけると彼女目を丸くさせ、首をかしげた。
「……誰かなぁ? その人。 えーっと多分あの子の事だと思うんだけど、名前までは知らないや」
嘘を付いている様子は感じられなく、どうやら本当に瓜二つの別人らしい。確かによくよく見てみれば醸し出している雰囲気が若干違う。
「あとぉ〜いきなりはたき落としちゃってごめんねぇ……今はまだ邪魔される訳にはいかないから。まっ、すぐに『婢僕』にしてあげる気ではあるんだけどね」
どんどんと周りから小さい蒲公英やあの二人が近づいてくる。ようやく、痛みに慣れ少しなら動ける位の気力が出来た。しかし、薔薇は意識すらあるかどうか分からない。
元々、次元が違うレベルの存在だと理解していたし、それだけ気をつけて行動をしていた。それにあれだけ敵の力量を測り間違えないように慎重に動いていた。だが敵たちはその想定を軽々と超えてきた。
今までにも人類全体に害を与える感情生命体は存在していた。だが、それに加えて今回は瑠璃のように明らかに意思疎通ができるのが最悪な部分だった。
「先に紹介しておくわねぇ〜。新しいお友達には挨拶しないと。私は蒲公英、蕗蒲公英。蕗っていうのはふきのとうの蕗のことで、蒲公英はお花の蒲公英から取られた名前なのぉこれから宜しくね。さぁ二人も自己紹介して」
「別に後でもいいでしょ……今は早くこの人達を仲間にする方が先じゃない?」
「もう! 朱くん! そういう冷たい事は言わないの! もしかしたら紅葉ちゃんのお友達かも知れないんだよ! 早く仲良くなってあの子を私達の仲間にしないと大変な事になっちゃうから協力してるんだよ!」
本当にどういう状況だ……? なんで婢僕の口から紅葉の名が出てくる?
「喧嘩はよして、二人とも。朱くん、判ちゃんのいう通りよ。今はゆっくり準備している暇はないの。あいつが私の動きに気が付いたかもしれない。その前に私達は駒を揃える必要があるの。貴方達のお爺さん……筒美封藤という非特異能力者最強の駒と彼女の器をね」
「……言いたい事は分かった。でも、これ以上のお喋りはこの人達にも逃げられてしまう可能性を生むよ」
「……そうみたいね」
あの婢僕達は会話から察するに紅葉の弟や妹。『蒲公英病』で亡くなったという筒美朱と筒美判なのだろう。おそらく、あの感情生命体は『蒲公英病』を患った人間を婢僕にする。
だがまさか、婢僕と情報共有するだけでは無く、こんな風にまるで別々の個体のようにコミュニケーションを取り、戦闘において紅葉並の体術を見せられるなんて……
それにコイツらの目的は分からないが封藤氏を狙っている事は確かだ。封藤氏を倒す手段を何かしら用意しているのかも知れない。封藤氏の戦線参加は危険である事を伝えなければいけない。
とにかく、相手の戦力の読み違いが原因でこんな手詰まりの状況を産んだ。
いや、まだ詰みじゃない。何かを切り捨てなければならない選択肢が出来ただけだ。
『過負加速』を限界まで使用すれば、私だけならまだ確実に逃げ切れるだろうし、発信機を取り付ける位の余裕ができるかもしれない。だが、それでは現在コイツが言い放ったように薔薇が婢僕にされ余計に厄介な事になるし、もし発信機がつけられなかった場合が最悪すぎる。
逆に任務優先で発信機を付けようとしたら、私は確実にこの二人に倒されるだろう。前提としてこの発信機は相手に針を突き刺す事で作動する。だからたとえ発信機をつけたとしても、助けが来るのは最短でも30分はかかるだろうし……それでは私達二人は婢僕にされてしまう。
なら、自分に発信機を付けるという手はどうだろうか? いや、一番最悪だ。二人が婢僕になる事が免れなく、もしも本当に婢僕になった場合デコイに使われ、折角のチャンスに不意をつかれる可能性がある。
どれにしてもか……
『思考加速』による状況整理も虚しく、どれも状況を打破できるものではなさそうだ。体力も時間が経つ度にどんどん無くなっていく。
もし、薔薇に意識があれば……か。
瞬間、私の考えている事が分かったのかそれはやめろと薔薇は顔を少し上げた。
安心した私は悟られないように腕を薔薇の方へ延ばす。動けないなら、触れずに加速させれば良い。
──別にアンタの事は嫌いだし、ここで死んでも心なんて痛まない。だから勘違いしないでよ……これはアンタに借りを返しただけ。アンタじゃここで時間稼ぎなんてできない。ここから助けてやるから早く増援を呼びなさい。
「霧咲さんそれはダメッ!」
「──『僻遠加速』」




